2023年04月27日

上顎結節伝達麻酔(後上歯槽枝伝達麻酔)のススメ

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卒後に購入して、いまだに愛用している本

局所麻酔で重要なのは「痛くなくてよく効く」浸潤麻酔である、と我々は考える。その通りである。痛くない麻酔は、望まれる歯医者のひとつの条件であることは間違いない。歯科医師は、その職業人生の中で常に「痛くなくてよく効く麻酔」を追求していべきであると思う。効くのが当たり前になったら、次はより少量の注射量で効かせられるように、という風に。

その一方で、伝達麻酔がおろそかになっている歯科医師は少なくないのではないか、とも思う。卑近な話で恐縮だが、私の母校や研修先、関連バイト先の医院など、あらゆる臨床の場で伝達麻酔を行なっていたドクターの姿を見ることはほとんどなかった。理由を訊けば、浸潤麻酔で十分に麻酔効果が得られるし、伝達麻酔は偶発事故のリスクがあるから、と判で押したような返事であった。しかし私は見たのだ。局所麻酔効果が満足に得られず、何本ものカートリッジを浸潤麻酔に費やしていたドクターの姿を…。後輩の手前、「伝達麻酔はあまり経験がないから、効かせられる自信がないんだよね(テヘ)」とは言えなかったのだろうと述懐するのである。もしそうなら、伝達麻酔に興味を示しているその後輩と一緒になって伝達麻酔の習得に励めば良いだけなのに、とも私は図々しく思う。

いずれにせよ伝達麻酔は、我が母校では(今は知らないけれど)不人気なテクニックだったことは間違いない。外来で下顎孔伝達麻酔をしていると「アイツいつか事故をおこす」と陰口を叩かれる始末だった。テメエの母校の口腔外科の実習で習ったんだろうが


さてその伝達麻酔、われらが歯科業界では「伝達麻酔≒下顎孔伝達麻酔」と捉えられるきらいがあるのだが、歯科における伝達麻酔は他に眼窩下孔伝達麻酔やオトガイ孔伝達麻酔や切歯孔伝達麻酔に大口蓋孔伝達麻酔、また頬神経伝達麻酔や上顎結節伝達麻酔らが存在する。

その中でも私が今回の記事でお伝えしたいのは、上顎結節伝達麻酔(Posterior Superior alveolar nerve block)についてである。

このテクニックで得られるのは、上顎大臼歯歯髄、同部の頬側歯肉と骨膜、歯槽骨に局所麻酔効果である。注意したいのは、上顎第一大臼歯のMB根が中上歯槽枝の支配下にあることから追加の浸潤麻酔が必要となる場面があり得ることであるが、少なくとも上顎7番であれば、修復処置から抜髄をこの伝達麻酔だけでまかなうことができる。

そんなら浸麻でいいじゃん。
と、あなたは思うだろう。実際、下に比べ上顎の歯槽骨は大臼歯部も多孔性で局所麻酔薬が浸透しやすいことから浸潤麻酔の効果は得られやすい。初心者の頃に上顎智歯の抜歯で、ビビりながら浸麻をして、無事に無痛的に智歯を抜去できて「俺って麻酔も上手じゃん!」と小鼻を蠢かせた先生は私を含めて多いはずだ。あれは、智歯の遠心あたりに注入した局所麻酔薬が患者を水平位にした際に重力によって上顎結節→歯槽孔に至り伝達麻酔効果が発現したからである。

まずお伝えしたいのは、この上顎結節伝達麻酔は浸潤麻酔の拡張版と捉えればよいことである。つまりは、先生方が普段に習熟されている浸潤麻酔の延長線上にこのテクニックがある。難易度は高くないということであり、局所麻酔の引き出しを増やすことができる、ということである。

次にお伝えしたいのは、浸麻針の刺入点を歯肉境移行部に一箇所だけで麻酔が済むことである。これは、表面麻酔による針の無痛的な刺入を可能にしやすいことと、(浸潤麻酔時であれば)歯肉への新たな刺入と局所麻酔注入を必要としないことを意味する。特に後者は重要で、治療部位が刺入による出血の汚染を避けられるので、綺麗な視野で作業ができる気持ちの良さがある。含有エピネフリンによる歯肉貧血現象がないことから、「本当に効いてるのか?」と不安になったりもするが、それは術者側の一方的な認識にすぎない。局所麻酔というのは安全に無痛的に処置ができれば良いのである。


具体的な手技は、先生方の学生時代の教科書に記載があるとおもうのでそれらを参照にされたいが、私なりの手技としては以下のようになる。

1.施入部位を第二大臼歯DB根付近に求める(刺入したらそこに0.05mlほどを注入しておく)
2.刺入した先の方向は、まず咬合平面に対して45度さらに矢状面に対して45度の角度である
3.針は概ね15mmも刺入すれば十分である
4.注入量は1.8mlも要らない
5.2、3分待つ

効果の発現のほどは少し分かりにくいが、処置を行なって患者さんが痛みを訴えなければOKである。
もし痛みを訴えられたら、手順1で設けた浸麻ポイントを利用して浸潤麻酔に移行させればよい。

ちなみに上顎結節伝達麻酔は下顎孔伝達麻酔や眼窩下孔伝達麻酔とは異なり保険算定上の点数はない。
だからといってそのことに腐らず、先生の局所麻酔の手技のひとつとして習得していただきたい。上顎678部の急性炎症で苦しむ患者さんの局所麻酔や除痛に貢献する場面だって訪れようというものだ。



《参考文献》
処置別・部位別 歯科局所麻酔の実際
歯科診療で知っておきたい疼痛管理と全身管理の基本
posted by ぎゅんた at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 局所麻酔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月31日

ArumGさんとArumBlueさん

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ネタがないを言い訳に更新をサボると平気で書かなくなる生き物がダメブロガーであります。

その理由は「変化のない硬直した人生を送っているから」、とか「無気力人間になってしまった」という悲劇的なものではなく、本当に書かなくなってしまっただけのこと。そもそも私は無気力人間なので、ブログの記事もコンスタントに書き続けるタイプではない。書ける気分やタイミングの時に草稿をいくらか書き溜めておき、それらを隙間時間にパズルを完成させるがごとく書き上げている。こういうスタイルは、調子が良いと記事もポンポンと出来上がってくれるのだけれど、いったんサボり癖が起こると途端に供給が途絶えてしまうのであります。



本ブログらしくエンドの話題に戻しましょう。

ここ半年ほどのことなのですが、私が使用するNiTiファイルの構成には小さな変化がありました。
それは、グライドパス用のNiTiファイルと、その後の予備拡大用のNiTiファイルです。

まず根管をネゴシエーションしてマニーの 10-12k ファイルで Patency を確保した後にグライドパス形成用NiTiファイルを根尖まで適応させているわけですが、従前の私は、この作業をデンツプライのプログライダーで行っておりました。しかしおりしも、昨今の円安によってプログライダーの価格は上昇の一途を辿り、材料コストに煩い保険医の顔を引きつらせ始めました。

プログライダーに代わる信頼性のあるグライドパス形成用NiTiファイルが手頃な価格で存在すれば、と常に考えていたところに出会ったのが、記事冒頭に載せた写真にある AurumG であります。

カタログの写真には #25/テーパー.17 との記載があって「んなもん使えるかボケ!」ってな感じですが、実際に購入すると 17/025 規格 となっております。Ciはカタログを真面目につくれ

プログライダーの先端号数は#16で、テーパーもまあ似たようなモノですから、要するにAurumGはプログライダーのジェネリック品として使用して差し支えがないNiTiファイルという判断です。

実際にグライドパス形成時に使用してみると、プログライダーよりも重い弾性感があるものの、同じような感覚で使用でき、破折もしてきません(破折しないわけではないから過信してはいけない。同程度の抗破折性と考える)。使用感覚に違和感がなければ、プログライダーから乗り換えても良いのではないでしょうか。尻軽な私は乗り換えました。


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同様に気に入っているのが、同社の Aurum Blue Triangle のT1(20/.04)です。安価で、使いやすく、破折しにくいファイルだからです。

AurumG でグライドパスを形成後にこのAurumBlueのT1で予備拡大を済ませると、その後のBassilogic25/.05やWaveoneGoldPrimary(25/.07)などの拡大形成が下書きをなぞる様な感じで容易になるのです。
 
posted by ぎゅんた at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | ニッケルチタンファイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月17日

歯科技工について考える


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学生実習を思い出しませんか?


数十年ほど前は、多くの歯科医師は時間を作って歯科技工を行っていたのであります。作業模型に始まり、個人トレーやメタルインレーやフルキャストクラウンなどは当たり前のように自分で行なっていたものです。それでも時間的に捌き切れないので、キャパオーバーの分を、近隣の歯科技工所(概ね、個人が営む自宅兼技工所)に依頼していたのです。私の父は、いまでこそ技工作業はあまりしないものの、昔は仕事が終わってから夜間に歯科技工をしていました。自分が頑張って働けば働くほどお金が稼げた時代、とも言えましょうが、その実は、そうでもしなければ診療がおっつかないほどの技工物オーダーがあった多忙時代だったのです。私の幼い頃の記憶にも、技工室で働いている父の姿があります。


さて今の私は、仕事が終わってから技工作業をすることはほとんどありません。

楽なのは良いですが、歯科医師として堕落している気持ちがしてなりません。歯科技工は歯科技工士の仕事でありますし、歯科医師が歯科技工士顔負けの技工仕事を毎日する必要はないことは分かっていますが、歯科技工から離れれば離れるほど、歯科医師は、その臨床能力が伸び悩んでしまうのではないか、確証もなく、そのような思いに駆られるからです。

かつて研修医〜医局員時代は、印象採得したらそれを技工室に持っていき固定液に付けておき、その診療後に石膏を注いでおき、硬化したタイミングで作業模型〜咬合器のマウントしておき、医局の仕事が終わった後に技工室に行って技工作業をしたものでした。誰でも利用できる技工机が数台、用意されていて、同期と席を譲り合いながら、次第に自分のお気に入りの机と縄張りが出来始めて、深夜ラジオ(SCHOOL OF LOCKが始まってからが本番)を流しながら作業をしていたものです。そのうち、技工作業に熱心なものとそうでないものとに分かれていき、技工室で会うのは馴染みの顔ぶれになっていくのでした。

私は頑張って自分で技工作業をしていましたが、全員の中で一番、見栄えの悪い「整然としていない」作業をしていたと思います。ノロマで、効率が悪く、仕上がりも悪い。だいたい、歯科技工の腕の良いやつというのは簡単に分かるもので、まず第一に作業していて綺麗なのです。作業スペースから技工器具から、なんなら姿勢に至るまで、全てが常に綺麗なのであります。

例えば、私がマウントした咬合器と彼らがマウントした咬合器は、もう見た感じからしてオーラが違う。そもそも、マウント用石膏が余計な場所に一切はみ出ていないし表面も乱れていない。いきおい、咬合器と石膏のコントラストが実に鮮やかで見目麗しいわけです。一方、私の咬合器は「男は中身だ見た目じゃねえぜ!」とダメ男が吠えてるようなモノで小汚い。どちらが効率的に美しい作品を仕上げるでしょうか?答えは言うまでもありません。

もし今、この記事を読む歯学生がおられるなら、実習は「綺麗に作業する」ことをアドバイスしたいと思います。常に綺麗に作業する、綺麗な仕上がりを目指す。こうしたことを念頭に作業するのとしないのでは、結果に大きな差がでます。「見た目」なのです。やるからには美しく、の精神です。

これは歯科技工に限らず、いかなる分野の職人も、一流は必ず綺麗に作業する(そして速い)もので例外がありません。当院にいつもインレーやキャストクラウンや前装冠やHJC、CAD/CAM冠、メタルボンドその他の技工物を作ってくださる提携先の技工士さんの机は常に綺麗なはずですし、あらゆる作業が「場を汚さない」所作になっているはずです。

当時、仲良くしてくれた歯科技工士さんにお手本のレジン前装冠を目の前で作ってもらったときはその速さと仕上がりの美しさに舌を巻いたものでした。支台歯はこんなふうに形成してくれると嬉しいとかスチュアートグルーブの付与とか、色々なことを教わったものです。

歯科技工士の指先のマジックは、もっと世に知られるべきだと思います。
それらをウェブカメラで中継して歯科技工の世界の凄さや魅力を配信するラボが出てくるかもしれません。
 
posted by ぎゅんた at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする