2018年08月06日

「口腔がん検診ナビシステム」について

 人の口の中を日常的に覗くことになる仕事の性質上、歯科医師は口腔粘膜病変のハンターでなくてはならない。わけても口腔がんに対しては早期発見早期治療が鉄則となることから、歯科医師には発見のための意志と責務が求められるのは当然のことである。

 とはいうものの、典型例的な「分かりやすい粘膜病変」でもなければ、「一応の診断」を自信を持って下せないところがあるのが粘膜病変である。病変の外観は多種多様であり、見た目だけで容易に診断が下せることはない。臨床所見と医療面接により病変の正体を推察するところから始まるのである。ベテランになってくると、病変というものは「統計的にまず考えられるもの」から当てはめるようになる。歯肉に黒色を呈する病変部があると真っ先に悪性黒色腫を疑ってしまうのは歯科学生や若手歯科医師であり、臨床経験を積んでいくとメタルタトゥをまず疑うようになるものである。

 多くの歯科医師にとって、卒後に口腔病理の追加的な講習や知識のアップデートが成される機会は乏しいはずであり、患者さんの口の中より遭遇する多種多様な粘膜病変に対応するには経験と知識が不足しがちであると思われる。

 これを補うための措置が病変部のヨード染色であったり、専用の器具を用いた蛍光観察であったり、細胞診であったりする。とはいえこれらは、多くの歯科医師にとっては馴染みのない、ハードルが高い領域でもある。歯科医といえども、餅は餅屋であり、口腔粘膜病変に関しては口腔外科専門医に委ねる方が確かであるから、粘膜病変に遭遇したら即座に紹介状を書く向きもあるときく。それはそれで正しいと、私は思う。

 しかし、専門医に引き継いで診てもらうことになる以上、紹介者として、また前医として、自身の考えをできる限り記載しておくべきだと思われる。たとえ見当違いの所見であったにせよ、紹介先より返信が来た時に誤りに気づくことで自分自身の勉強につながるものである。また、紹介された側は、一般歯科医が見誤りやすい病変の所見についての理解がより深まることとなる。いずれにせよ、後学のための知見が積み重なっていくことになる。「分からないので診てください」という紹介状は、本当にそんな場面でもなければ書いてはいけないし、書かないで済むように常日頃から粘膜病変に対して関心を持っておくことが求められよう。患者にしても、まず最初の医療機関で然るべき知見が主治医より得られることは、大きな安心の拠り所となるのである。



Oral lichen planus.jpg
典型的な口腔扁平苔癬


 タイトルにある「口腔がん検診 ナビシステム」は、東京歯科大学の協力の元、粘膜病変に対する簡易的な知見をオンライン上で執り行うものである。

 病変部の口腔内写真や臨床所見等をログイン後の専用フォームにてアップロードすることで、専門医よりアドバイスが得られるものである。診断のために用いるものではないが、基幹病院へ紹介するか経過観察か迷ってしまうような場面において、専門医からのアドバイスが得られる恩恵は極めて大きいし、患者さんの利益につながることであると思う。

 既に二回ほど利用させていただいているが、感謝の念しかないほどありがたさを感じている。

 このナビシステムを利用するためには個人申し込みを行い、ログインアカウントとパスワードを発行してもらう必要がある(1wほど時間がかかる)。利用は無料である

 ログインできたら、患者情報を記入する問診票のページを完成させてアップロードする。プログラムを組める人が頑張って単独で作りあげたような、やたら懐かしい操作感のするページだったりするが、そこは気にしない。利用するに当たってそれほど難しいことはないので、パソコンが超絶に苦手でもなければすぐに使えるものである。

Let's try!!
ラベル:Oral ID
posted by ぎゅんた at 15:28| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

抜歯しようと浸麻したら、患者さんがメチャクチャ強い痛みを訴えられて涙目の巻


つらいときに.Jpg


局所麻酔液を歯肉より注入している際に、患者さんから強い痛みを訴えられた経験はないだろうか?

除痛のために歯肉に針を刺入する「皮肉」を有する局所麻酔であるが、その行為自体が強い痛みを惹起したとなれば、いよいよ皮肉どころではない。「火達磨になった人を救うために消化器を噴霧したら、消化剤が可燃性燃料だった」ぐらいの理不尽さをおぼえる。

急性炎症を生じている箇所に不用意に局所麻酔液を注入すると、急激な内圧亢進によって激痛が走ることがあるのである。この時の痛みは相当に強いようで、瞬間、患者さんがエビ反りになるほどのレベルであることもある。そしてその痛みは、弱まることなく持続し続けることもある。抜歯のための局所麻酔が著しい痛みを惹起してしまうことが原因で、抜歯を中断せざるを得なくなることが起こりうるのである。今回は、そんな話である。

過去、とある先生が「全身麻酔で、どんなに注意しても悪性高熱症が防ぎきれないように、浸麻で激痛を与えてしまうことが残念ながらある」と述べていたの私はいま思い出す。ただこの発言は、運が悪ければ……というニュアンスを含む。悪性高熱に比べれば、術者の心がけ次第でこの痛みは確実に予防できるはずだ、と私は考える。


「期待はあらゆる苦悩のもと」-シェイクスピア-
「一週間前からずっと痛くて、痛み止めを飲んでも効かない悪い歯があるので抜いて欲しい」と緊急来院された中年患者さん。右下7の自発通と打診痛が酷く、舌で患歯を押すだけで飛び上がるほどの痛みがでる。当然、食事などできない状態で煩悶する日々である。強い炎症を抱える歯が口腔内に存在し続けていることは、全身的にも決して良くない。そして、強い痛みを抱える歯が口腔内に存在すると、それだけで生活に暗い影が落ちる(「歯の痛みは暮らしの痛み」)。

デンタル写真で、生活歯支台のFMCで、歯周炎による支持歯槽骨の喪失・垂直性骨吸収・上行性歯髄炎のトリプルパンチでホープレスな状態であることがわかった。主訴の解決を図るなら、抜歯が最も確実、という場面である。歯の保存を狙うならエンドを選択して精一杯の根管治療を果たすべきかもしれないが、この状況でそれが可能だろうか?と考えると不適切な選択に思える。いいや保存すると胸を張って治療方針を決定できないのは己が未熟だからこそゆえ。

デンタル写真から患歯はホープレスな状態であり、ひとまず消炎処置で嵐が過ぎるようやり過ごすか、抜歯するか、消炎後にエンドで保存を試みて補綴〜部分床義歯の鉤修理の流れに持っていくかの大まかな3通りの治療方針が考えられることを説明。抜歯を希望された(他にも幾らかの理由があるが省略)。

患歯を抜歯する原因除去によって、除痛と炎症除去を達成することになるわけであるが、このような炎症の程度が強い場合は基本的に抜歯は望ましくない。炎症で局所のpHが酸性に傾いていると、浸麻が奏功しにくいからであるこれは「Henderson-Hasselbalchの式」から、局所のpHが低いと脂溶性の高い遊離型が占める割合が低くなるためである(もう少し細かな学問的理由は忘れてしまった。国試前の学生時代が、一番賢かったのではないか?)。

しかし、たとえ炎症が存在しようとも、抜歯すると決まったのなら局所麻酔を奏功させて患歯を抜歯しなくてはならない。そして、安全な外科処置のためには、無痛処置を可能とする「効かせる」麻酔が欠かせない。

重度歯周炎で動揺のある歯の抜歯は、難抜歯にはまずなり得ないと考えられる向きがあることから、新人歯科医師が「やってみ」と任される場面が多いと思われる。しかし私は、これは安易に考えすぎであると思う。重度歯周炎で動揺のある歯の抜歯であれ、完全に痛みなく患者にストレスを与えることなく抜歯を遂行させることは、案外に難易度が高い処置だと考えているからである。そして、重度歯周炎の抜歯に伴う局所麻酔は、不用意な麻酔液の注入で激痛を生じさせるリスクがある。

果たして、この患者さんに浸麻を施した時、私の不用意な操作が原因で激痛を与えてしまったのであった。私は、まず齦境移行部に浸麻を施して奏功範囲を付着歯肉に広げ、それから「本番」である付着歯肉に刺入を求めることにしている。その際に、刺入点より出血が目立った。そのまま、局所麻酔液を注入していくと、患者さんは強い痛みを訴えた。

炎症部位への局所麻酔液の注入が、必ずしも激痛を引き起こすわけではないが、自発痛として内圧亢進をきたしている場合に局所麻酔液がそれを助長すれは、激痛が生じる。まかりなりにも麻酔液を注入しているから、麻酔効果によって痛みが減じていきそうなものだが、予期せぬ激痛によって閾値が低下してしまえば麻酔の効果も望めなくなる。

痛みを訴えられたことから私は慌ててその部位での浸麻を中断して、別の部位から麻酔効果を発現させるべく歯根膜注射を試みた。これは悪手である。歯周組織の大きな破壊を伴う患歯の歯根膜を狙うのは単純に難しいし、感染源の中を針が刺入していくからである。下手をうつと、炎症巣の近くに局所麻酔液を注入するだけの結果となり、要するに激痛の発生につながることになる。

除痛のためにと局所麻酔を施した患者が強い痛みを訴え苦悶の表情で痛みに耐えている様を前にして平常心でいられる歯科医はいないはずであり、私は表面上は冷静さを装いつつも狼狽していた。バイタルチェックで測定した血圧は正常な値を示していた。

抜歯に際して行う歯周靭帯の切離(Er:YAGで行う)は無痛であったために、抜歯は可能と判断して鉗子にて脱臼させそのまま抜去した。Er:YAGと鋭匙で肉芽を掻爬・除去して抜歯創上に止血ガーゼを位置させ噛ませることで圧迫止血を行なった。

「抜けましたから後は血を止めるだけですよ」伝えると、一応の安心を得てはくれたものの、苦悶の表情で「実はかなり痛くて…」とおっしゃる。痛みの原因歯を除去しても痛いとなると、誤診してしまったか?と私は正直なところ気が気でなかった。ひとまず抜歯窩に血餅を作らないことには安心できないので、圧迫止血を終わらせるまで待ってもらうことにした。

果たして血餅は得られたものの、まだ痛いままだとおっしゃる。それどころか、より痛みが増してきたという。浸麻中に激痛を走らせてしまった経験は過去にあるが、このような持続性の強い痛みに遭遇したことはない。いずれにせよ、この痛みは自分の手技が原因で生じたものだ。私は胃が痛くなった。

ここまでの強い痛みを起こすとは、ひょっとしたら下顎神経領域にトリガーポイントのある三叉神経痛だったのか?と疑ったが、流石にそれは突飛である。炎症部位への不用意な浸麻手技を原因とする医原性疼痛に間違いない。そしてこれは、時間を要するものの痛みは徐々に引いていく(ハズの)ものである。

そんなわけで、コトの痛みの原因と予後について説明するが、患者さんから返ってきたのは怨嗟に満ちた視線ばかりであった。これだけの痛みを与えてしまったのであるから、当然のことである。

2日後に抜歯後SPで来院された患者さんはケロッとしていた。「自殺したくなるほどの痛みが続いていたけれど、先生の言う通り麻痺が(麻酔が)切れると同時に痛みもなくなったよ」とのことであった。私は救われる思いであったが、日常的に行う局所麻酔を意識漫然に行えば、今回のような医療事故に等しい事態に繋がってしまうものであるから襟を正さねばならないと反省した。歯科麻酔学の最初の講義で「歯科麻酔は、患者さんの安全のためにある」と教わった言葉を思い出した。このところ、局所麻酔に対して意識が疎かになっていたことは否定しようがない。

痛みを与えることなく麻酔を施し、痛みを感じさせることなく施術を終える。これを確実に達成できるかどうかを追求する姿勢は(そんなもん当たり前やろといわれても)、歯科医師にとって重要な課題であり続けているのである。




※歯肉への針の刺入でやたらに出血してくる場合があるが、これは針が肉芽のような炎症部位に達したことを意味しているものと考えられる。炎症部位への注入であるから、効果が乏しいだけでなく疼痛を惹起する可能性がある。刺入点を多く採ることは厳に慎むべきであるが、この場合は刺入部位を別に求めるべきである。
posted by ぎゅんた at 06:55| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

前歯部歯冠破折とCR修復


kerr_harmonize.jpg
「カメレオンエフェクトのあるCR」のイメージイラストと思われるが、充填されたCRが色調を変えるわけがない。本来の意味からすると間違った用語であると思う。


「歯が折れた!」
外傷で前歯の歯冠が破折した時に、まず診断するべきは脱臼の有無である。その次に、根管治療を必要とするかどうか見極めを行う。

脱臼もなく、露髄もなさそうで歯髄の保存が期待できるならこれは超ラッキー、歯冠修復を考えることになる。コンポジットレジン修復か、補綴処置かを選ぶことになるだろう。

外傷の場合に怖いのは、受傷直後は生活反応を示していたものの、後々になって歯髄が失活してくることである。歯髄のバイタリティが旺盛な幼若永久歯でも往々にして起こりうるので、まことに油断ならないのである。


補綴か修復か
前歯部の補綴は、コンポジットレジンの物性やテクニックが進んだ現在に当たっては、根管治療後に選択されることが多くなっている(と思う)。一方、接着歯学の台頭と発展によって、歯にレジンを接着させる修復技法の信頼性および審美性はひところに比べ格段に向上している。

ひとまず、外傷による歯冠破折で歯髄の保存が可能であるなら、まずはコンポジットレジン修復(以下、CR修復)を選択すべきであるように思う。

これは、

1.即日処置による審美性の回復(歯の喪失感からの救済)
2.不幸にして歯髄が失活した場合の歯牙の変色を確認しやすいこと
3.根管治療必要になった際のエントリーの面で有利であること
4.冠補綴よりは明らかに歯質を切削しなくて済むこと

の考慮が挙げられるからである。



卑近な例
切端と歯冠の修復_01.jpg
露髄なし、打診痛なし、電気歯髄診でバイタル反応あり。
昨日、転んで折れた。この歯のみの処置を早急に希望された急患アポなし来院。

というわけで、こういう場合に私はCR修復を選択するわけである。

最近、私の中でホットな(死語)『ハーモナイズ(kerr)』を使用して、主訴の解決を図ってみた次第。コンポジットレジンの扱いは苦手だが、いつまでも逃げ回るわけにはいかない。そんなわけで、本症例は「私がやりたいから、やった」的要素があることを否定しない。

さて、前歯部のような審美性を求められるCR修復では、エナメル質にベベルを付与することが重要である。


ベベルは、どれぐらい付与するのか?
私が学生時代に大学で習ったときは、マージン周囲に1mm幅ぐらいのラウンドベベルだったかに思う。

そんな今、Youtubeで海外のエステティックな実例(ダイレクトボンディング)を参照すると「え、そんなにつけるんですか」というほど豪快なベベル付与があったりして隔世の玉ヒュン感である。ベベルをリッチに確保することにより、シェードの移行による接着界面の隠蔽と肝心の接着力の確保が約束される。怖くてそんなベベルをつけられない私はノミの心臓なのである。これを乗り越えた逸材こそが、ダイレクトボンディングを得意とするエステシャン・デンティストなのであろう。

患歯にベベルを付与するということは、機械的切削を伴ってエナメル質の新鮮面を露出させることである。愚劣な私は、術前のオリエンテーションで患歯にベベルを付与することを説明していなかったため、バットジョイントで対応するハメになってしまった。これは真似をしてはいけない。旧態依然としていようが幅が狭かろうが、やはりベベルは付与すべきだからである。

即日修復するとなると、ワックスアップモデルを用意してシリコンパテで充填用コアを作成することもままならない。畢竟、マトリクスやストリップスを駆使して隣接から歯冠までを含めた形態回復を図らねばならぬ。隣接とバックウォールを確保すれば窩洞は単純化され、作業は途端に楽になるから、この工程は極めて重要である。

エナメル質のみリン酸エッチングした後に、ワンステップボンド(3Mのスコッチボンドユニバーサルアドヒーシブでボンディングし、ストリップスを指で押さえながらハーモナイズエナメルのA2で隣接面とバックウォールを構築。その後、ハーモナイズデンチンA3と切縁部にハーモナイズクリアを部分的に使用して透過性の差異を考慮した充填操作を行う。その後、ハーモナイズエナメルのA2で仕上げる。

切端と歯冠の修復_02.jpg
光重合後にエアーを吹きかけるとこのような感じになる。研磨の工程をなるべく短くしたい(充填でほとんど全てが仕上がっているようにしたい)のだが、やっぱりそうもいかない。

ソフレックスの研磨ディスクで隅角と唇面の隆線や面溝を再現するように形態修正と研磨を行う。充填操作がラフだと気泡の存在を発見して萎えることになる。研磨のステップで歯の本来の解剖学的特徴が見えてきたり再現できたりする瞬間ほど気持ちの良いものはない。しかし私はセンスがないのでそうもいかない。口の中で作業しているときは良さげに見えていても、写真にして改めて観察すると医院を飛び出して路端のガードレールに頭をぶつけて自殺したくなるほど酷いことがある。

切端と歯冠の修復_03.jpg
充填箇所は、エアで唾液や水分を飛ばすと本来の姿が見えてくる。濡れていると意外に「誤魔化しが利く」感じでマシに見えるのが救いか。形態がチグハグやねん。



その他
保険のCRでクリアが使える製品はこのハーモナイズだけ! …多分。

これは意外に重要なのでは。

クリア使うぐらいの充填なんぞ自費やろ、という真っ当なツッコミは当然なのですが、切縁部をCRするときは使ってみたくなりますよね。
 
posted by ぎゅんた at 18:24| Comment(2) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月05日

こ、これは……ターナーの歯?


エナメル質形成不全.jpg

6歳の男の子の下顎中切歯唇面にこんな所見が!

当然、保護者に説明を求められる。さて、これはなんだ。

学生時代に得た拙い知識を絞り出すと、「ターナー歯(Turner's tooth)」かなと候補が出る。

とはいえ、これは下顎中切歯である。

ターナー歯は、乳歯に生じた急性根尖性歯周炎が、後続永久歯歯胚に炎症性の障害作用を及ぼすことで歯の形成不全を起こしたものである。

ということは、その好発部位は、齲蝕に離患しやすい乳臼歯の後続永久歯である小臼歯ということになる。実際に、学校歯科検診で小臼歯のターナー歯と思しきエナメル質の形成不全を目にする機会は、多いはずだ。

下顎前歯は、乳歯であれど、最もう蝕になりにくい部位のはず。それをして著しいう蝕と急性根尖性歯周炎でターナー歯を発生させることがあるとすれば、口腔内は「お前それ よっぽどやぞ」みたいな事態のはず。

ターナー歯は炎症による後続永久歯のエナメル質形成不全であるが、外傷によってもエナメル質形成不全は生じうる。記事冒頭の写真は、下顎乳中切歯の外傷に起因したエナメル質形成不全ではなかろうか。母親に訊いたところ「記憶にない」とのことであったから、想像するしかないが。


まとめ
永久歯にエナメル質形成不全が存在した場合、ターナーの歯を疑うあまりに乳歯に虫歯があったハズだと疑う姿勢でいると、保護者を不愉快にさせてしまうことが生じうる。

DMF指数が高い口腔内で小臼歯にエナメル質形成不全があるような場合ならターナー歯である可能性が高くなるが、それでも「お子さん、幼い頃に歯を強く打つことはありませんでした?」と訊く方が良いだろう。
 
posted by ぎゅんた at 12:34| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

歯科医が望まない日常光景シリーズAあ、穴が開いている……!


1124_01.jpg
穴を広げてオートセーフリムーバーを引っ掛けて除去しようとしたが上手くいかず、スリットを掘ってわずかに抉って緩めて除去。見栄えは悪いが仮歯としては使用できる


4年前にセットしたジルコニア冠の咬合面に磨耗原因と思われる穴が空いていました。対合歯にはインレーが入っていますが、咬合接触は舌側咬頭の歯質なので、単純に支台歯形成時の咬合面のクリアランス不足が絶対的原因です。おいこらー


1124_03.jpg
これはセットして半年後の口腔内写真


ブツは和田精密の『ジルライトクラウン』になります。

『ジルライトクラウン』はコストを優先して審美性を犠牲にした、要するに「とりあえず金属じゃなければOK」な人向きのエントリーグレード・ジルコニア冠であります。

このジルコニア冠は、当時、和田精密が取り扱いを開始したばかりだったはずで、営業マンが「ジルコニアはとても硬いですから破折も磨耗もしませんよ」なんてことを言っていた覚えがある。もっともそれは誇大広告というもので、現実にそんなわけがない。真に受けた歯科医師はいないのであります。むしろ硬すぎて、対合天然歯の磨耗を懸念する声が大きかったと記憶しております。

1124_02.jpg
根充直後の写真


当時のカルテを見ると「ネゴシエーション後にMtwoファイルで形成」とあり、ラバー下でエンドシーラーを用いたラテラル根充を行なっている。 なんとなく直線的な気がするし、今の自分から見るとずいぶんと根尖を攻めてる印象を受ける。

1124_04.jpg
除冠後の写真。幸いにも根尖病変は否定できそうで安堵


その一方、黒柳徹子さんに「随分と縁上のマージンなのね」とか言われそうな支台歯が気にかかる。こんな写真をSJCDの症例発表プレゼンで提示したら消火器などの鈍器が飛んできそうです。ジルコニア冠の支台歯形成にビビっていた術者の心理がエックス線写真で分かってしまうというもの。


さてジルコニアは物性的に硬くて頼りになりますけれども、支台歯のクリアランスが不足していれば普通に穴が開きます。なに当たり前のこと言ってんだこの豚野郎と罵られても、現実にそうなのだから述べざるを得ない。

材料の物性に過度に依存するのは厳禁で、支台歯形成は、その原理原則から逸脱せぬように達成しなくてはなりません。脱離をきたさず長持ちさせられる形成かそうでないかは、支台歯形成いかんで瞭然と分かれます。

とりあえず「かたち」にはなるだろう、と適当な支台歯形成でヘボな作業用模型になったとしても、技工士さんが黙々と上手な冠を作ってくれているからこそなんとかなっている冠がどれほど多いのだろうと自省する日々です。そんな冠がセットされたとして、どれだけ口腔内で機能し続けてくれるだろうか?

根管治療で保存と延命が叶った歯を、破折や脱離をきたすことなく長期的に機能させ続けられる確かな腕が欲しいものです。
 
posted by ぎゅんた at 17:27| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする