2020年03月09日

間接覆髄と直接覆髄

母校の保存修復の講座に属していたころ、接着歯学の勉強に携わる一方で覆髄について考察する場面が度々あった。

当時の歯髄保存的なう蝕治療といえば、やはり覆髄がメインではあったが割合に混乱が混じりではなかったかと回想する。う蝕検知液をガイドにう蝕影響象牙質の透明層を残すことを基本として、覆髄材を適応するのかしないのか、適応する場合はなにを覆髄材に採用するのか、適応しない場合はどうするのか。接着でシーリングしてしまえば予後が期待できるのではないか、などである。MTAセメントはまだ有名な存在ではなかった。過去の遺物になっている3-MIXが現れたのもこの時期だったように思う。もうちょっとしてから、ドックスベストセメントが登場した気がする。


歯学教育の現場での「覆髄」は水酸化カルシウムが基本であり、学生実習ではダイカルが汎用されていたように記憶している。臨床でも、概ねそうであった。ダイカルが有効な覆髄材であるかどうかは、当時から疑問が投げかけられてはいたが、実習通りに行えば覆髄処置そのものは成功率が高いであろうとの判断はあった。それはつまり、ダイカルの諸性能が云々ではなくて、ラバーダム防湿で患歯窩洞を唾液より隔離した状態で可及的に感染象牙質を取り除いた上で水酸化カルシウム製剤を貼付してGIC等のポリアクリル酸由来の微接着性を有するセメントでシーリングさが達成されることで歯髄を外来刺激より遮断させられるからである。この後の患部はおそらく、生活歯髄から感染象牙質側に象牙細管を通じてミネラル成分が到達する一方で細管内で結晶化が進行し、結果として歯髄の保存が達成される反応が進行するはずである。もっとも、臨床現場でラバーダム防湿下で覆髄をしている先生の姿はなかったという悲劇的なオチがこの話にはつく。

さて覆髄用水酸化カルシウム製剤であるダイカルは、ベースとキャタリストの混和泥が硬化後にすぐにその薬理的な作用が失われるとされている。これは、硬化後は覆髄材の姿を借りた接着阻害因子が残存することを意味している。せめて薬効が持続してくれるなら…と考えざるを得ないのである。

保険診療で覆髄を考えると、良い材料がないので…とはよく耳にしたフレーズである。頷ける意見である。ダイカルは持続的な薬効作用が望めない点で、接着性レジンでのシーリングするのも心理的に抵抗があったからである。サンドイッチテクニックというか、GICを覆髄を兼ねたベースにしてその上にCRというケースも見られた。

総括的に思い起こせば、覆髄の可能性を常に追求している先生は少なかったように思う。覆髄という処置に対する知識や関心はあっても、目の前の患者に施した「覆髄」が良好な結果を約束してくれない、という失望感を抱いていたといおうか。臨床上、自覚症状がでないだけで緩慢な歯髄ダメージの蓄積で数年後に歯髄失活と混戦病巣の存在が確認されることになった「覆髄ケース」が多かったのではなかろうか。体験的に「それ」が分かっているので、歯髄保存が難しそうと判断したら躊躇せず覆髄というステップをスキップして抜髄に踏み切っている考えの先生が多かったのではないか、とも思うのである。直接覆髄は余計にタチの悪い扱いで、露髄した時点で全部抜髄の流れが普通であった、今でも、そうかもしれない。

合理的な解答としては、保険診療ではラバーダム防湿下で患部の感染象牙質を徹底的に除去し、露髄した場合は露髄点大きさを確認し、露髄面を生食で洗浄して自然に止血するようなら直接覆髄、しないなら抜髄という単純な考えで良さそうな気がする。おそらくベターな覆髄材料はMTAセメントであろう。ことに直接覆髄に抜群の成績を示す実績があるからである。繰り返すが保険診療では使用できないので、直接覆髄は別の材料をーコンサバな水酸化カルシウム製剤かセラカルLCを使用せざるをえない。このうち、セラカルLCは感触が良い材料であり、直接覆髄を前にする保険医には福音となる材料だろう(高価だが…)。

ひところ提唱された、露髄面を含めた接着システムに応用は、現在では聞かれなくなってしまったし、その報告も聞かない。感染象牙質を残していてもその上部で接着性レジンのシーリングがあればう蝕病巣は進行が停止する、というシールドレストレーションの概念は(確か)否定されたので、その影響もあって廃れてしまったのかもしれない。悪くないテクニックだと思うが、個人的には光重合時の発熱が歯髄への大きなダメージになりそうで採用していない。露髄面へのレジン系材料は、せいぜい、セラカルLCの適応が限度ではなかろうか。

現在の私は間接覆髄には松風のテンポラリセメントソフトを、直接覆髄にはセラカルLCを採用している。

このうち、テンポラリセメントソフトに対しては個人的な思い入れがあるので、記事にしてみたいと考えている。

posted by ぎゅんた at 15:45| Comment(9) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月13日

コンポジットレジン修復を利用して正中離開の審美性を回復させる

接着歯学の台頭とその発展に並行して、非侵襲的で審美性の高い修復のトレンドが生まれ育っていったように思います。

昔はコンポジットレジンといえば、化学重合型で重合収縮も大きく、アメ色に変色していくもので審美性も名ばかり、その物性を考えれば臼歯咬合面に適応するのは避けるべきもの、のような扱いであったようです。

その当時は臼歯部の咬合面にはアマルガム充填がまだ行われていました(学生教育でも習った)が、一方で光重合型コンポジットレジンが市場に現れ始めており、また物性も向上し始めておりましたので、さながら「移行期」だったように思います。ちなみに私は臨床の現場に立ってアマルガム充填を行った経験はありません。前歯部の審美修復に限っては、この頃はメタルボンドやオールセラミック、歯質保存の観点からラミネートベニアが華やかだった頃だと思います。コンポジットレジンは蚊帳の外です。

さはさりながら今日では前歯部審美修復といえば、コンポジットレジンのダイレクト法を我々はまず考えます。材料物性と信頼性の向上もありますが、接着修復ですから歯質の保存が優先されるコンセプトであるのが大きいのです。便宜抜髄してオールセラミックというのは、安定した結果を約束してくれますが、歯質の犠牲を考えるとやはり第一選択にしづらいところがあります。

さて我々臨床医にとって、身近な前歯部の審美修復のひとつが正中離開の解消でありましょう。昔から、この正中離開を強制ではなくオールセラミックやラミネートベニアで解消する臨床例の報告がありました。一方、これを接着性修復–モダンコンポジットレジンで達成するテクニックも産まれました。



[卑近な症例]
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前歯部正中離開の審美障害を主訴にした女性のケース。

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申し訳ない程度にCRで正中離開の解消が狙われた痕跡があったが、既に変色と部分欠損と接着剥離があったので除去されている。

予め前歯部を単純印象しておき、模型上でワックスアップにより正中離開を解消させた状態でシリコンパテ印象材でモールドを作成しておく。手間ではあるが、これにより、充填作業をフリーハンドで挑むよりも容易かつ確実にする。

ベベルを付与した方が確実な接着と審美性の面で有利と考えられるが、正直なところ、このテクニックに自分自身が習熟していないので、ある程度の審美性の追求を犠牲に(歯質を切削しないことを「盾」に)表面をシリコンポイントでさっと撫でてペリクルを除去してリン酸エッチングするにとどめた。エッチング後はボンディングを行い、充填して形態を付与しつつ正中を埋めるよう頑張る。

これは重要だと思うので強調しておきたいのだが、このときに用いるコンポジットレジンは「エナメル用」で良いのである。裏打ちがないので透過を考えてボディ用やデンチン用の物を充填すべきでは、と考えてしまいがちなのだが、エナメル用で良いのである。

これはその昔(2008年ごろだった気がする)、札幌のコンベンションセンターで3M主催の『フィルティックシュープリームXT』の審美修復セミナーで青島徹児先生が述べられていたことにより知った知識である。

「ええ?エナメル色のCRだけでいいのかい!?︎(声:マスオさん)」と正直、聞き間違えたのではないか?と思っていたが、実際に試してみたら本当だった。という経緯もあって実に思い出深い。青島先生は偉大である

余談だが、馬鹿な私はセミナーの席で当時の自分が愛用していたCR充填器にサインを入れてもらって有頂天になっていた。

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そんなことはどうでもよくて、このケースで用いたCRは『フィルティックシュープリームウルトラ』のA2Eだけである。単に私が使い慣れているお気に入りのCRだからのチョイスであり、他のメーカーのエナメル質用CRでも無論にして問題ない。

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形態付与も研磨もヘボで、しかもブラックトライアングル丸出しで恥ずかしい出来であるが、案外にシェードはマッチして、特に唾液で湿潤した状態だと不出来さを誤魔化してくれるので、それほど酷い結果には至らなかった。少なくとも施術前に比べて大きくマシになったので患者さんは大喜びであった。私は不満足だが、それは腕を磨いて次の正中離開のケースで挽回してやろうと思う。
 
posted by ぎゅんた at 21:41| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月13日

前歯永久歯の萌出不全に開窓術


開窓_4.Jpg
開窓後に来院が1年以上途絶えていたが、無事に生え揃っていい感じ。プラークコントロールが若干あまく、遊離歯肉に浮腫性炎症が認められるのはご愛嬌(⇒即TBI)


萌出時期の上顎中切歯において、分厚い歯肉に萌出を阻まれているのか、なかなか顔を出さないことがある。保護者の方が「本当にはえてくるのでしょうか?」と心配される。

X線写真を撮影すると、萌出直前を予見させる、歯肉の中に埋まっている萌出直前の所見が得られる。萌出力が弱いためか歯肉が分厚く硬いためか。原因はなんとも言えない(知っている先生は是非とも教えて下さい)。個人差、という便利な言葉で片付けられているように思われる。


こういう場合、我々は開窓によって萌出を促すことができる。浸麻下で、切縁の頭が見える程度に歯肉を除去するのである。そうするとスルスルと萌出するようになる。


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この開窓を行わなくともいずれ必ず萌出するのであろうが、介入した方が萌出が明らかに早いし、保護者に喜ばれる。厚みにして1mm以下であろう歯肉をちょっと取り除くだけで(窓を開いて)、永久歯はスルスルと萌出するのである。生命力を垣間見る、ちょっとしたいい気分。


開窓_2.Jpg
術式は簡単で、浸麻して電メス等で切縁直上の歯肉を除去するだけ。歯肉に埋まっていた切縁の姿が確認できたらそれで終わって良い。出血もそれほどしない。術後疼痛もたいしたことはない。


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萌出不全の開窓の保険算定は歯肉切除の点数を準用して120点となる(負担金も少ないので保護者の方にたいへん喜ばれます)。
 
posted by ぎゅんた at 13:30| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月18日

CRモノブロック修復(?)


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良い手法か悪い手法かでいえば、きっと悪い手法なのであろうが、私はときおり、根充後の臼歯部に間接法でモノブロックとでもいうべき「CRアンレー」を装着することがある。とある席でこの手法について話したら「そんなことしても点数にならんでしょ(馬鹿じゃないのか?)」と大不評であった。

確かに保険点数で言えば、支台築造の点数がない上に KP(複)印象のCRインレーと同義同だからである。これを聞いただけで、多くの先生はその低い点数にウンザリするだろう。私も、する。

なぜなら、ラバーダムをかけて仮封を除去して髄腔内をレジンコーティングして、咬合関係を考えた上でアンレー形成して印象採得を行なって超硬石膏を注いで86+64+18の168点。CRアンレーを接着時に196+45+17=の258点であり、費やす労力に対して微妙な評価に他ならないからである。術式が同じなら、材料を硬質レジンなどではなくセラミックスでやりたいと考えるのが自然であろう。その場合、クオリティの差も歴然としている。

しかし、これは保険で可能という点で大きいのである。少なくともレセが返戻されたことはないので、算定要件に反したものではないはずだ。メタルフリー修復の一手といえば一手である。

私が学生だった頃、接着歯学の隆盛があった。接着を利用することで旧来の方法に比べて飛躍的な保存的処置が可能であることに私は興味を持った。その中で、間接修復にレジンコーティング法を応用して歯質保存的でかつ審美的な修復方法に私は強いインパクトを覚えた。また、国家試験対策でDESとかいう予備校のビデオ講義を受けた際に、保存修復の講義の中でCRインレーの単元のところで担当講師(歯科医師)が「これは、私も臨床でやることがあります。(患者さんに)とても喜ばれます」と発言していて自分もやりたいなあと気持ちが焦がれたこともある。

もっとも、こんな理念や気持ちは、研修医になってから打ち砕かれてしまった。誰もやっていなかったからである。少なくともCRインレーなど邪道!という雰囲気で満ちていた。悪名高い「最悪の18年度診療報酬改定」の年だったから、現場の先生方がピリピリしていたのかもしれない。

とにかく削って埋めろ!隣接面う蝕はメタルインレーにしる!失活歯は360度削ってFMCを合着しろ!問答無用だ!考えてないで手を動かせ!URAAAAAA!

と、このような塩梅であった。

こっそり目を盗んでCRインレー修復をやっていたものの、厚みと大きさを確保しないとすぐに破折するから、メタルインレーの比肩なき丈夫さに舌を巻いてばかりであった。小さなCRインレーはとにかく取り回しが悪くて神経質なのである。


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そんだかんだで色々あって、今はCRアンレーを「モノブロックで」選択することが年に数度ある程度になった。規模の小さいCRインレーは扱いが神経質なのでやらない(直接法で充填している)。

咬頭を含む規模の広範な実質欠損があり、太いマージンラインと修復物に可能な限りの厚みを確保できる場合に適応を考える。畢竟、根管充填後の髄腔を利用するケースが多い。

確かに点数は低いのだが、取り回しは容易で歯質保存的で、患者さんが喜んでくれる。金銀パラジウム各種金属の値段が高騰すればするほど、保険の間接修復では金パラが使えなくなるので、一見して点数が低くとも、この手法の存在が完全否定されることはないだろう。ラバーダム防湿下でセメンティングできれば、強力な接着力が発揮されることでエナメル質と象牙質とコンポジットレジンの渾然一体とした修復が可能となる。咬合圧負担の存在は予後の懸念事項だとしても、案外に信頼性のある修復方法のひとつではなかろうか。

posted by ぎゅんた at 23:40| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月29日

Oral Galvanic Currents


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口腔領域におけるガルバニー電流(ガルバニック電流)は、口腔内で異種合金どうしが唾液を介在して接触した際に生じるものと言われる。

子どもの頃、アルミホイルを奥歯で噛むと痺れるという遊びが流行ったのを覚えているが、私は痺れを感じなかった。全てにおいて私は愚鈍だったからである。

というのは冗談で、単に私の奥歯にインレーなりアマルガムなりの修復物が入っていなかったからである。昔は小児は齲蝕が多くて、アマルガムや銀合金インレーが子どもたちの奥歯に少なくない数で存在していたからである。なので、アルミホイルを噛んで接触すればガルバニー電気が生じたことを知覚できた子どもが多かった、というカラクリであろうと思われる。

予断はさておき、このガルバニー電流は、脳に近い部位で「検知できうるレベルの発電」であり身体に悪影響を及ぼす危険なものであるとする報告が昔からあった。最近は続報を聞かない。私が気づいていないか、だれも調査していないのか。

もっとも、最近の口腔内では金属修復物の数自体は昔に比べて減っているはずである。銀合金と金パラ、コバルトクロム合金、陶材焼き付け用合金がほとんどではなかろうか。アマルガム充填や金箔充填なんてナニソレな先生がほとんどに違いない。私もである。

ガルバニー電流の身体への悪影響は、私自身は自覚したことがないのでなんとも言えないところがあるのであるが、健康であろうとする状態の足を引っ張る存在には違いない。とはいえ、ガルバニー電流で現在進行形で健康を害している人に遭遇したことがないので仮説の域をでない。

しかし、ガルバニー電流の発生で金パラ冠に電気灼け(?)が生じたと思われるケースに出会ったことはある。

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化学劣等生の私でも、この初見は金属の腐食とは異なる「お焦げ」だと思うので、ガルバニー電流が存在していたと判断した次第。

支台歯はレジンコアであったので異種合金との接触は対合歯にあろう、と確認したところ

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(分かりにくい写真で申し訳ないが)#17咬合面にアマルガム充填が存在した。

咬合咀嚼時に接触するたびにガルバニー電流が発生して灼いていた、と考えられる。患者は、自覚症状は無かったそうである(このFMCの除冠経緯は、頬側遠心歯肉の急性歯周膿瘍を主訴に来院されたためである)。

ここまでの焦げを作るということは、それなりの規模の電気が発生していたと思われる。自覚症状がないとはいえ、良いものではあるまい。

もし支台歯が銀合金コアであった場合は、金パラ冠を被せた後にマージン部よりリーケージが生じればそこからガルバニー電流が発生し続けることになるのだろうか。合着時に支台歯や冠内面に唾液が付着していて、それがセメントスペースに残存したまま合着したとすれば打ち出の小槌みたいに電流が生じ続けるのだろうか。うおォン


そんなわけで金属修復物を計画する際は、異種金属の接触について一考したほうが良さそうである。

なお金パラといえど、その組成は規格内でバラつきがあるはずなので、「金パラ修復物同士」の接触は異種金属の接触と考えたほうが良さそうだ。

あれも駄目これも駄目、ってのは閉塞感がのしかかってくる言葉で嫌いなんですけどね……
 
posted by ぎゅんた at 07:54| Comment(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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