当時の歯髄保存的なう蝕治療といえば、やはり覆髄がメインではあったが割合に混乱が混じりではなかったかと回想する。う蝕検知液をガイドにう蝕影響象牙質の透明層を残すことを基本として、覆髄材を適応するのかしないのか、適応する場合はなにを覆髄材に採用するのか、適応しない場合はどうするのか。接着でシーリングしてしまえば予後が期待できるのではないか、などである。MTAセメントはまだ有名な存在ではなかった。過去の遺物になっている3-MIXが現れたのもこの時期だったように思う。もうちょっとしてから、ドックスベストセメントが登場した気がする。
歯学教育の現場での「覆髄」は水酸化カルシウムが基本であり、学生実習ではダイカルが汎用されていたように記憶している。臨床でも、概ねそうであった。ダイカルが有効な覆髄材であるかどうかは、当時から疑問が投げかけられてはいたが、実習通りに行えば覆髄処置そのものは成功率が高いであろうとの判断はあった。それはつまり、ダイカルの諸性能が云々ではなくて、ラバーダム防湿で患歯窩洞を唾液より隔離した状態で可及的に感染象牙質を取り除いた上で水酸化カルシウム製剤を貼付してGIC等のポリアクリル酸由来の微接着性を有するセメントでシーリングさが達成されることで歯髄を外来刺激より遮断させられるからである。この後の患部はおそらく、生活歯髄から感染象牙質側に象牙細管を通じてミネラル成分が到達する一方で細管内で結晶化が進行し、結果として歯髄の保存が達成される反応が進行するはずである。もっとも、臨床現場でラバーダム防湿下で覆髄をしている先生の姿はなかったという悲劇的なオチがこの話にはつく。
さて覆髄用水酸化カルシウム製剤であるダイカルは、ベースとキャタリストの混和泥が硬化後にすぐにその薬理的な作用が失われるとされている。これは、硬化後は覆髄材の姿を借りた接着阻害因子が残存することを意味している。せめて薬効が持続してくれるなら…と考えざるを得ないのである。
保険診療で覆髄を考えると、良い材料がないので…とはよく耳にしたフレーズである。頷ける意見である。ダイカルは持続的な薬効作用が望めない点で、接着性レジンでのシーリングするのも心理的に抵抗があったからである。サンドイッチテクニックというか、GICを覆髄を兼ねたベースにしてその上にCRというケースも見られた。
総括的に思い起こせば、覆髄の可能性を常に追求している先生は少なかったように思う。覆髄という処置に対する知識や関心はあっても、目の前の患者に施した「覆髄」が良好な結果を約束してくれない、という失望感を抱いていたといおうか。臨床上、自覚症状がでないだけで緩慢な歯髄ダメージの蓄積で数年後に歯髄失活と混戦病巣の存在が確認されることになった「覆髄ケース」が多かったのではなかろうか。体験的に「それ」が分かっているので、歯髄保存が難しそうと判断したら躊躇せず覆髄というステップをスキップして抜髄に踏み切っている考えの先生が多かったのではないか、とも思うのである。直接覆髄は余計にタチの悪い扱いで、露髄した時点で全部抜髄の流れが普通であった、今でも、そうかもしれない。
合理的な解答としては、保険診療ではラバーダム防湿下で患部の感染象牙質を徹底的に除去し、露髄した場合は露髄点大きさを確認し、露髄面を生食で洗浄して自然に止血するようなら直接覆髄、しないなら抜髄という単純な考えで良さそうな気がする。おそらくベターな覆髄材料はMTAセメントであろう。ことに直接覆髄に抜群の成績を示す実績があるからである。繰り返すが保険診療では使用できないので、直接覆髄は別の材料をーコンサバな水酸化カルシウム製剤かセラカルLCを使用せざるをえない。このうち、セラカルLCは感触が良い材料であり、直接覆髄を前にする保険医には福音となる材料だろう(高価だが…)。
ひところ提唱された、露髄面を含めた接着システムに応用は、現在では聞かれなくなってしまったし、その報告も聞かない。感染象牙質を残していてもその上部で接着性レジンのシーリングがあればう蝕病巣は進行が停止する、というシールドレストレーションの概念は(確か)否定されたので、その影響もあって廃れてしまったのかもしれない。悪くないテクニックだと思うが、個人的には光重合時の発熱が歯髄への大きなダメージになりそうで採用していない。露髄面へのレジン系材料は、せいぜい、セラカルLCの適応が限度ではなかろうか。
現在の私は間接覆髄には松風のテンポラリセメントソフトを、直接覆髄にはセラカルLCを採用している。
このうち、テンポラリセメントソフトに対しては個人的な思い入れがあるので、記事にしてみたいと考えている。