2020年10月28日

虫歯の治療=抜歯、と言う実態はアジア諸国ではまだ普通だったりするのかも

ベトナム人の若い男性。
会社の上司を同伴で来院。歯が痛いので抜いて欲しいのだという。
日本語の会話が苦手で英語もできない。

多少でもベトナム語ができれば、歯科受診の緊張をわずかでも解せるとおもうのだが、あいにく私はベトナム語を挨拶「シンチャオ」ぐらいしか知らない。ベトナム語が話せる歯医者さんを目指したら喜ばれるだろうか?

身振り手振り、図示での説明に加えてネット翻訳と17ヵ国語 外国語歯科診療対訳表を駆使してコミュニケーション。基礎疾患はなく、保険診療で、痛む歯だけの治療を希望で抜歯して欲しい、というところまで確認。基礎疾患はない。

口腔内を確認してみると、果たして#36に慌てて塞いだような仮封の痕跡があった。齲蝕の放置に伴う歯髄感染と急性化膿性根尖性歯周炎であろうとすぐ分かる。状態は悪いが、抜歯するほどのものではない。根管治療で保存が狙えるからである。この歯の治療が抜歯である、と診断するのは、前近代的な歯科水準であろう。

しかし思えば、この患者さんだけでなく他の東南アジア諸国より来日されている患者さんでも、思うところがある。抜歯を希望して来院されるのだが、なんのことはない、深在性の齲蝕であったり、とるに足らない歯髄炎であったりしたのだ。加えて、まだ二十歳かそこらの年齢でありながら、臼歯部の永久歯を抜歯によって喪失していたりする。虫歯の治療で抜歯したのだという。

今回の記事で私が述べたいのは、この患歯の根管治療についてではない。いまだに虫歯の治療=抜歯、という図式が世界では存在しているという、当たり前なんだか驚くべきことなのか果たして扱いに困りかねてしまう事実が少なくとも東南アジア諸国では現在進行形のようだ、ということである。

比べて日本の歯科医療のレベルが国際的にどうであるかは、もう伝聞やなんらかの報告での相対評価で知り判断するほかにないのが実際であるが、まさか保存処置が見込める患歯を抜歯する、という歯科医師はいないとおもうし、そうした治療が国内で行われているとは思えない。個人的には、日本の歯科医療のレベルは、患者さんの金銭的負担から導き出せば極めて高度な水準にあると思っている。なにしろラバーダム防湿が無料だったり、単根の抜髄即日根充が3割負担で3000円以下なのである。いくらなんでもサービス価格としか思えないのだが、日本国の経済水準もダダ下がっているので国民は「歯科治療は高い」と思われているのが実情である。悲しい。

つまらん愚痴はさておき、東南アジアの歯科医療には、簡単な保存処置が見込める患歯であっても抜歯が選択されること常態的にあるのが事実なのであろう。それはまた、一般国民の間で齲蝕はありふれた歯科疾患なのであろうとも読める。

歴史的に欧米に植民地にされていたようなものだから、特に飲食面において白砂糖と白小麦の大侵食を受けたのが淵源にあるに違いない。要するにコーラやファストフードが日常的にありふれた食生活事情にあるのであろう。思えば、昔タイのサムイ島に行った時、無糖のお茶を求めて購入したグリーンティーに砂糖が添加されていておったまげた思い出がある。いつでもどこでも何にでも砂糖がつきまとう食生活事情が垣間見えたものである。東南アジアは炭水化物の暴力に食を支配された地域だというのか。

もちろん彼らにしても自国で抜歯ではなく保存的な治療を望めば受けられるのであろう。ただし、様々な理由があって一般的、とまではいかないのかもしれない。この辺は東南アジアの歯科事情に詳しい人に聞いてみたいところだ。

医療負担の少ない処置を希望だったので、CRインレーの適応を拡大解釈したモノブロック型CRインレーを接着して終了した。窓口で請求された負担金の少なさに驚くにちがいないわいグフフ…と期待していたが特になんのリアクションもなかった。ちょっと寂しい。

posted by ぎゅんた at 20:44| Comment(2) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

ふと思い出すものである

開業医として歯科診療に従事していると、学生時代の教科書の内容を再確認したくなる場面があったりするものだ。それは、多くは粘膜病変であったり系統解剖の知識であったりする。

このところ、内科学の教科書を引っ張り出すことが多かった。
そして、教科書を紐解くと、あのとき習ったなあ…という感慨深い思いが、当時の断片的な記憶とともに蘇るのである。

歯学部生は大学で主として歯科医学を中心に学ぶものであるが、それ以外にも、例えば「内科学」のような「医学」を学ぶことになる。

記憶違いでなければ私は「周辺医学」という大枠の中で医学を学んだ。それは例えば、皮膚科学や眼科学や産婦人科学、外科学といった、歯科医学とは全くの別ジャンルの講義を受講した、という意味である。おそらく今も変わらないと思う。別の大学から派遣されてきた先生方が講義を担当するのも、おそらく変わっておるまい(私の母校の話)。

当時は学部の3年生で、解剖学実習も終わり基礎的な歯科医学から臨床系科目も学び始めている頃であり、「歯医者になるための勉強」が輪郭をなして目の前に横たわっていることをハッキリと自覚でき始める時期でもあった。

もっとも、それら講義の中には、教える側も教わる側も「まあどのみち単位のためモン」という諦観を否定できない雰囲気があった。歯学部生にガチの医学を教えても…という前提があるからである。畢竟、試験も教科書の持ち込みがOKだったり、出席とレポートで可否が決まったり、運転免許試験のような難易度の試験に終始するものであったように記憶している。相当のモディファイ(手加減)が加えられた内容であったから当然なのだが……。

この中で特に思い出深いのは、外科学の担当の先生が凄い熱意で我々に講義してくれたことであった。札幌医科大学から来てくれた初老の先生であったが、講義にはいつも熱と勢いがあった。それは、その先生が外科という医学を本来的に愛しておられていたからでもあるし、歯科治療は外科処置である、という明確なメッセージをいつも折にふれて強調しておられたからだと思う。

歯学ではなく医学を学ぶというのは、少なからず医学部にコンプを抱く歯学部生を神経質にした側面もあった。この外科学の講義を受けると自尊心が満たされるところがあった。先生も学生と触れ合うのが好きな気さくな方であったから人気があって、講義の後は質問や談笑で学生に囲まれていたものであった。

私の友人の一人は、この講義を通じて自身の卒業後の研修先を札医大(札幌医科大学口腔外科)にすることをこの決め、後にそれを実現した。今はもう連絡もつかないけれど、卒業試験から国家試験まで一緒に勉強に励んだ親しい仲だったので元気に活躍していると嬉しい。
posted by ぎゅんた at 01:20| Comment(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

ボンドマーライトレス

bl.jpg


塗布・エア乾燥後に光照射する必要のないことが最大の特徴とする2ボトル-ワンステップ型のボンディング材、という触れ込みの製品。私も古い人間なので、塗布後の待ち時間がゼロって大丈夫か?と思うが化学メーカー・トクヤマを信じるしかない。

結論から先にいうと、有望な性能の製品だと感じ、気に入って使用している。接着で重要なのは長期安定性であるが、今のところテクニカルエラーに起因する早期脱落は経験していない。混和液のB液がいかにもケミカルな臭いを発するのが玉に瑕。


さて歯質接着といえば、エナメル質や象牙質表面にボンド層を設けることで発現させているわけであるが、特に重要な象牙質の接着は、今でも変わらず樹脂含浸層のセオリーで説明されているものと思われる。マイルドに脱灰させた象牙質に機能性モノマーを浸透させるところは変わっていないだろう。

このボンドマーライトレスが、果たしてどのような接着メカニズムを有しているのかは、接着畑にいた身として関心がある。被着面に機能性モノマーが一面に張り付くことで、その後に追加されるコンポジットレジンの未重合モノマーと接合するのだろうか。接着畑から距離を置いて時間が経つとイマイチ、接着のメカニズムに疎くなっていけない。

そんなわけで問い合わせてみたところ、この製品に明るい担当者が当院に来院の上詳細を説明してくれる運びとなった。私は喜んだ。メーカーの人間と製品について歯科理工の知識を交えて会話できるのは、歯科医師にとって知的好奇心に満ちた大きな楽しみだからである。デンタルショーでは、メーカーの担当者とこうした話ができる場面があり、それを楽しみに会場に足を運ぶ先生も、多いだろう。

しかし、この度の新型コロナの社会的な蔓延と情勢不安によって延期されてしまった。
そしてまた、石川県で予定されていた春のデンタルショーも延期されてしまった。

仕方のないことだが、持て余した怒りはCOVID-19にぶつけてやろうと思う。
いまだ感染の広がりに衰えの見えないことに不安を抱きつつ不要不急の外出を忌避することしかできない毎日がすぐ去ってくれるのを祈るばかりだ。

posted by ぎゅんた at 20:02| Comment(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月17日

再根管治療でオブチュレーションガッタソフトを用いて垂直加圧根充を行なって5年経過症例

もはやその術式が記憶から風化しつつある、NTコンデンサーと東洋のオブチュレーションガッタソフトを用いた垂直加圧充填(サーモメカニカル法)であるが、自分が過去に行った症例が数年の経過を経て偶然にデンタル写真に収まったので紹介しておきたい。

Rootcanalobturation_Thermomechanical method_01.Jpg
Rootcanalobturation_Thermomechanical method_02.Jpg
Rootcanalobturation_Thermomechanical method_03.Jpg
Rootcanalobturation_Thermomechanical method_04.Jpg
根管治療前と根管充填後の写真、直近の数年経過後の写真となる。

根管治療によって、完全に理想的に患歯周囲組織が回復した!と評価することはできないにしても、歯槽骨の回復経過は明らかである。垂直加圧によって根尖に溢出していたAHプラスのシーラーは吸収されたのか造影性が失われたのか、あたかもダイナミックに移動したように見える。なお、遠心の2根は閉鎖根管と判断しており、Patencyは得られていない。

写真で比較してみると興味深いケースだが、私の拙い臨床経験から言えるのは、この根充法を採用したから治癒したとは思えないし、たとえシーラーや純度の高いガッタパーチャといえども根尖から溢出させることは慎むべきであろうということである。

根管充填後に良好な経過を辿ったのは、エンドの観点からみれば、機械的・化学的清掃が良好であったかであろうと考えるし、エンド外の観点からみれば、支台築造から冠の合着のプロセスが比較的問題のないレベルで達成された上で中心咬合時の早期接触およびバランシングコンタクトがなく経過を辿ることができたからであろうと考える。

たとえデンタル写真で見栄えの良い根充が得られても、その後に違和感が消失しきれずに再治療になったケースもあるし、根尖病変が消失しなかったケースも経験している。デンタル写真の見栄えは術者の期待を平然と裏切る。なんとなく見栄えの悪い「冴えない」像を見せる根充であっても良好な結果を導いている症例は数知れない。とはいえ、明らかに出来の悪い、見栄えの悪い根充をしても許されるということでは、無論にしてない。

よっしゃあ!これは綺麗な根充が得られただろう感触があるぞ!→確認デンタル→アレ、そうでもなかった……(でも経過は良好

こうあれば良いのである。

必要最低限の機械的拡大を達成し、極めて良好な根管清掃を達成する根管洗浄を行い、コロナルリーケージに抵抗性のある加圧根充を行なってしまえば、基本的に患歯周囲の歯周組織は回復に向かうはずである。

もっとも、それが単純に難しいヨという話であり、「本当にそうなのか?より正しい見地はないか?」と術者を常に悩ませるエンドの奥深さに通ずる果て無き話であったりもするのですが。
 
posted by ぎゅんた at 17:56| Comment(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

再根管治療後の術後疼痛〜ヒポクロ・アクシデントが疑われるケース


hipokuroaccident.Jpg
Endodontics: Principles and Practice, 5e ,-280p

前回の記事引き続き、今回は再根管治療後に強い術後疼痛を認めたケースについて。

卑近な症例
Retreatment_01.jpg
「前歯が欠けた」を主訴に来院。

【初回】
Sec1-0:10Kでネゴシエーション、12KでPatencyを確認、確保

EdgeGlidePath(EdgeEndo)でグライドパス形成

XPS

根管洗浄(EDDY:6%ヒポクロ)

滅菌ペーパーポイントでクレオドン貼薬・仮封。確認デンタル
Retreatment_02.jpg

【5日後-2回目】
前回処置後に強い痛みがあったとのこと。

根管内より排膿初見は認めないが、12Kでリカピチュレーション後に出血を認めた

根管洗浄(EDDY:生食)

WaveoneGold Medium で拡大形成

根管洗浄(EDDY:生食)

滅菌ペーパーポイントでクレオドン貼薬・仮封


【8日後-3回目】
WaveoneGold Large 拡大形成

ポイントトライ(45/.05)
Retreatment_03.jpg
ポイント先端死腔→アピカル部の修正

根管洗浄(EDDY:EDTA&0.5%ヒポクロ)

根充
WVC(シーラー:キャナルシーラーBG)
Retreatment_04.jpg
その後の経過は良好で、根充後に痛みは訴えなかった。



なぜ初回時の根管治療後に術後疼痛が起きたのか?
根尖部の debris のマネジメントに不備があった、と考える。

根管治療後の術後疼痛は、根尖歯周組織への機械的損傷ではなく根管治療の手技に起因する根尖歯周組織への細菌学的および化学的侵襲が原因であると思われる。

ネゴシエーションやリカピチュレーションなどの、根尖歯周組織への機械的損傷こそが術後疼痛原因であると考えてしまいがちであるが、06-15K程度のファイルの先端が根尖歯周組織を軽く突く程度ではなんら術後疼痛は発生しない。厳密には生じるのだろうが、ほとんど無視できる程度のものである。術後疼痛は、ここに細菌学的および化学的な修飾が加わって生じうるものと考えるべきである。

術後疼痛にはどうも2種類が存在するようで、1つは細菌学的な理由を主体とするもので、もう1つは化学的な理由を主体とするものである。前者は、いわゆるフレアアップであり化膿性の急性炎症反応である。後者は単純に炎症とは言い切れない種類の痛みのように思われる(フレアアップの場合と異なり、根管内から排膿などの化膿性所見を認めないし、Nsaidsを頓服しても痛みの軽減が少ない)。この場合の痛みは、術後にすぐに生じる傾向があり、かなりの痛みを伴うが、1-2日で嵐が過ぎたように治ったりする。

今回のケースで生じた術後疼痛は、後者の例だと思われる。

根管治療においては、根尖外への debris の溢出は最小限に抑えることはできてもゼロにはできない。再根管治療では、根尖孔外に象牙質片やデンタル写真では映らない規模の大きさのGP片が根尖孔外に溢出しうる。根管壁が感染を受けているのであれば、debris には細菌因子が存在するので、根尖孔外へ溢出すれば炎症反応を起こしうる。GP片もしかりである。

再根管治療では根管内に様々な化学的因子が存在しうるわけだから、細菌学的因子だけが術後疼痛に起因しているわけではないと思う。

化学的因子が術後疼痛の原因だった場合にまず考えられるのは根管洗浄で用いたヒポクロの根尖孔外への漏洩ではなかろうか。根管内より出血があったのも、この事故の場合に認められる所見である。

このヒポクロ・アクシデントは、激烈な痛みや著しい浮腫が生じるとされている。ただ、程度が極めて小さかった場合は、大きな浮腫目立たないまでも著しい痛みがあり、根管内出血が認められるのではないか。

都合のいい解釈かもしれないが、今回のケースはXPSが悪者なのではなく、6%濃度のヒポクロを根尖孔外へお漏らしさせていたことが術後疼痛の原因だったのではないかと推測する。ヒポクロ・アクシデントは、大抵は、その濃度は5%以上の場合で報告されていることが多い気がする。とはいえ5%以下なら事故は起きないという安易な考えは危険なので、ヒポクロ・アクシデントの予防とヒポクロに期待される有機質溶解作用と殺菌力を勘案して濃度を決定することになる。

古い論文だが「根管洗浄液として使用するヒポクロは、生理食塩水で洗浄した場合に比べて0.5%濃度で顕著に細菌を減少させた」とする報告があることから、ひとまず0.5%濃度のものを使用する、という結論に落ち着いた。ネオクリーナーが節約できるぜ

根管洗浄時に、根管洗浄液中に舞い上がった debris は澱のように根尖方向に沈降するものである。クイックエンドのよう積極的な吸引効果は有効であると考え、根管洗浄際は吸引をできる限り実施している。


※ Byström A, Sundqvist G. Bacteriologic evaluation of the effect of 0.5 percent sodium hypochlorite in endodontic therapy
posted by ぎゅんた at 21:48| Comment(9) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする