会社の上司を同伴で来院。歯が痛いので抜いて欲しいのだという。
日本語の会話が苦手で英語もできない。
多少でもベトナム語ができれば、歯科受診の緊張をわずかでも解せるとおもうのだが、あいにく私はベトナム語を挨拶「シンチャオ」ぐらいしか知らない。ベトナム語が話せる歯医者さんを目指したら喜ばれるだろうか?
身振り手振り、図示での説明に加えてネット翻訳と17ヵ国語 外国語歯科診療対訳表を駆使してコミュニケーション。基礎疾患はなく、保険診療で、痛む歯だけの治療を希望で抜歯して欲しい、というところまで確認。基礎疾患はない。
口腔内を確認してみると、果たして#36に慌てて塞いだような仮封の痕跡があった。齲蝕の放置に伴う歯髄感染と急性化膿性根尖性歯周炎であろうとすぐ分かる。状態は悪いが、抜歯するほどのものではない。根管治療で保存が狙えるからである。この歯の治療が抜歯である、と診断するのは、前近代的な歯科水準であろう。
しかし思えば、この患者さんだけでなく他の東南アジア諸国より来日されている患者さんでも、思うところがある。抜歯を希望して来院されるのだが、なんのことはない、深在性の齲蝕であったり、とるに足らない歯髄炎であったりしたのだ。加えて、まだ二十歳かそこらの年齢でありながら、臼歯部の永久歯を抜歯によって喪失していたりする。虫歯の治療で抜歯したのだという。
今回の記事で私が述べたいのは、この患歯の根管治療についてではない。いまだに虫歯の治療=抜歯、という図式が世界では存在しているという、当たり前なんだか驚くべきことなのか果たして扱いに困りかねてしまう事実が少なくとも東南アジア諸国では現在進行形のようだ、ということである。
比べて日本の歯科医療のレベルが国際的にどうであるかは、もう伝聞やなんらかの報告での相対評価で知り判断するほかにないのが実際であるが、まさか保存処置が見込める患歯を抜歯する、という歯科医師はいないとおもうし、そうした治療が国内で行われているとは思えない。個人的には、日本の歯科医療のレベルは、患者さんの金銭的負担から導き出せば極めて高度な水準にあると思っている。なにしろラバーダム防湿が無料だったり、単根の抜髄即日根充が3割負担で3000円以下なのである。いくらなんでもサービス価格としか思えないのだが、日本国の経済水準もダダ下がっているので国民は「歯科治療は高い」と思われているのが実情である。悲しい。
つまらん愚痴はさておき、東南アジアの歯科医療には、簡単な保存処置が見込める患歯であっても抜歯が選択されること常態的にあるのが事実なのであろう。それはまた、一般国民の間で齲蝕はありふれた歯科疾患なのであろうとも読める。
歴史的に欧米に植民地にされていたようなものだから、特に飲食面において白砂糖と白小麦の大侵食を受けたのが淵源にあるに違いない。要するにコーラやファストフードが日常的にありふれた食生活事情にあるのであろう。思えば、昔タイのサムイ島に行った時、無糖のお茶を求めて購入したグリーンティーに砂糖が添加されていておったまげた思い出がある。いつでもどこでも何にでも砂糖がつきまとう食生活事情が垣間見えたものである。東南アジアは炭水化物の暴力に食を支配された地域だというのか。
もちろん彼らにしても自国で抜歯ではなく保存的な治療を望めば受けられるのであろう。ただし、様々な理由があって一般的、とまではいかないのかもしれない。この辺は東南アジアの歯科事情に詳しい人に聞いてみたいところだ。
医療負担の少ない処置を希望だったので、CRインレーの適応を拡大解釈したモノブロック型CRインレーを接着して終了した。窓口で請求された負担金の少なさに驚くにちがいないわいグフフ…と期待していたが特になんのリアクションもなかった。ちょっと寂しい。