2017年05月02日

目の保護のためのアイガード(ゴーグル)


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研磨や口腔内金属物の切削を日常的に行う歯科医の目は、常に削片の飛び込みの脅威に晒されております。眼鏡を装着されている先生はまだしも、裸眼で診療を行っておられる先生はノーガード戦法この上ありません。カーボランダムポイントでメタルを削合したときに目に削片が飛び込んできてギャースとなった経験は、フレッシュマン時代に誰しもが経験することではないでしょうか。

目への危険は金属片だけではありません。即重の削片も、接着システムのプライマーも、根管治療時のヒポクロや水酸化カルシウムなど他にも多数あります。患者さんの唾液や血液が目に入ってくることも無視できません。

目には涙がありますので、少々のダメージは跳ね除けてくれる自衛力は備わっています。しかし、一時的には小さなダメージであったとしても、長い歯科医師人生においてはその重積が大きなダメージとなって跳ね返ってきます。目の保護は、あだや疎かにできません。最悪、失明のリスクがあるからです。

従って、目の保護のためのアイガード(ゴーグル)装着は欠かせません。そしてなるべく、作業域から目を離す診療を心がけることになります。気づくと猫背になって顔を近づける悪癖のある私は二流です。姿勢の悪い一流ドクターはいないはずであります

一般的に、目の保護のためにアイガードが用いられます。飛沫や削片の目への侵入を防ぐわけです。
オシャレな外観のものから無骨なものまで様々あり、値段も様々です。私見を述べれば、デザインよりも保護力を優先させるべきで、「曇り止め加工」は信用なりません。使用しているうちにバイザー部が傷ついて濁ってきて視界不良になってきます。モノによっては、バイザー部の曲面に沿った縦筋の濁りが出てきます。これはやはり、消耗品感覚で安いやつを使い捨てていけばよいのだと思います。目を保護するゴーグルに医療用もクソもないので、私はホームセンターで安いやつを買ってきて使うことがあります。意外に使用感が悪くないのが笑える。



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拡大鏡(ルーペ)にもバイザーがありますが、ここも使用するにつれて濁りがでてきます。
超円高時代に購入した台湾製ヘッドライト付き2.5倍ルーペ(記憶違いでなければ19.800円のバーゲンプライス品)も、使っているうちにバイザー部が曇って視界不良きたしました。腹が立ったのでバイザー部を切り落としたところ、クリアな視界と開放感が得られました。ルーペをしていたら、普通は作業域と一定の距離があるので、目の保護を考慮したとしても、許容されるのではないかと思います。

はよマイクロ買えや!というご指摘は甘んじて受けます。_(´ཀ`」




※研修医のとき「診療は常に正しい姿勢で行い、術者は凛とした態度を醸し出し、悪い姿勢で身体を傷めないようにしましょう」みたいな啓蒙ビデオを見る時間がありました。これをみせてくれた指導医の先生は「俺はもう癖が染み込んでしまって直せないけど、君たちはまだ染まってないから頑張って意識して、悪い姿勢をとるドクターにはならないでね!」と諧謔的に述べておられたのを思い出す。先生スミマセン私も染まってしまいました。

こういうのは最初が肝心だから、悪い診療姿勢を決してとらないよう、学生実習の頃から常に厳しく指導して身体に叩き込むべきかもしれない。マイクロを導入すると診療姿勢が正しくなるとまことしやかに語られるが、あれは本当である。

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2017年02月14日

診療録の記載


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Dental clinical series basic 1より。古いけどいい本


保険診療とカルテの書き方について、我々歯科医は、大学で系統だった教育を受けていないはずであります。私個人に関しては、研修医のー最初期のオリエンテーションで保険制度とカルテについてのレクチャーを受けた記憶はあるものの、具体的な内容までは覚えていません。教育を施す側も我々にも、「どのみち現場で手取り足取り覚えていくもの」との認識が意識の根底にあったのは間違いありません。そして実際、その通りだったりします。いきおい、「保険とカルテ」を教わった医院や先輩ドクターのカラーを引き継ぐことになりやすいものです。

保険医の申請をすると厚生局主催の講習会を受講する運びとなるわけですが、そこで具体的な説明を受けることになります。…指導官は、いかに保険医が保険医の申請を出す立場でありながら保険制度とルールをなにも理解していない(勉強不足)だけでなく、インチキ記載カルテと架空請求が横行している実態を我々に滔々と語ったりします(いまは違うかも)。そんな先輩方の悪口を言わんでもええのにと思ったものですが、保険医の立場と制度を悪用して不正請求する輩に手を焼いているのだなと推察したものです。帰りすがら、「カルテを打ち出の小槌にしていたジジイ連中が好き勝手やりまくったせいで保険制度がやたらと厳しくなり、点数が据え置きのままにされちまったのヨ」と誰かが言っているのを耳にしました。自分はとんでもない世界に足を踏み入れちゃったんじゃないのかと不安に駆られたことを覚えています。

自身がおこなった処置を算定するところからカルテとの付き合いが始まるものです。見よう見まねで記載するうちに、「カルテとはこういうものだ」と理解していくわけです。多くの先生方も、そうだったのではないでしょうか。

しかしこれは注意が必要です。えてして、診療内容の記録(カルテ録)から点数算定のメモに化けがちだからです。保険診療では窓口負担とレセプトの存在から、治療が終了した時点で速やかにカルテを書かなくてはなりません。少なくとも、処置にあたって点数が発生したもの(算定するもの)は即座に記入する必要があります。会計ができないからであります。カルテを仕上げるのが遅いことで受付にドヤしつけられたり、算定漏れを叱責された先生も、多いことでしょう。ここに加えて、できる限り点数を上げる診療を強いられるのも普通ですし、単位時間あたりに点数を上げることを常に意識した診療をせよと指南されることも同様です。

「カルテは治療後に歯科医師が遅滞なくこれを記載し…」と国家試験にも出題される名目を歯科医師は重々承知していますから、治療後に速やかにカルテをパパパッと打ち込み、速やかに会計まで持って行けるようにまずなろうとする。そして、それができるようになってくると、どこか誇らしさを覚えていったりするものです。しかし忘れてはならないのは、これを「遅滞なく記載した」と解釈するのは早計だということです。肝心のカルテの内容記載を疎かにすることで(算定メモ化)で「遅滞なく記載」は同意義ではないからです。カルテは、第三者が観覧して、どのような主訴で来院された患者でどのような現症があり、どのような治療を行い、どのように経過が推移しているのかが文章から読み取れる書類でなくてはなりません。私も使用していますが、レセコンでのカルテ入力は、とかくコメント記載が乏しくなりがちです。焦って記入することで文意が支離滅裂になるのは困りものですが、執拗に書きすぎたかもしれんと思うぐらい、詳述な記載を行うべきでしょう。レセコンは保険の算定と電子記載を行ってくれることで負担を軽減してくれる機械であり、肝心の内容記載は、すべて術者が入力しなくてはならない大前提の上に成り立っています。


名著「泣かずにすませる小児歯科診療」のP.100に【ちょっといい話 カルテ記入の競い合い】が載っています。少し抜粋しましょう。

(略)丁寧にカルテを書く中で、それまで当然と思われてきたことの中に臨床のヒントが存在し、それが新しい診断方法や処置方針につながっていったのでしょう。当たり前のことの中に、宝物の山が隠されていたのだろうと思います。(略)筆者は、この話を聞いて以来、初診時のカルテには、努めてたくさん書くことにしています。私たちも日常診療の中で、たくさんの宝物を見逃しているのではないかと思います。カルテの書き方には、もっと注意を払う必要がありそうです。

初めて読んだ時に印象に残った箇所です(だから、この記事を書いた時に思い出した)。

充実したカルテにしていこうと思えば、より患者さんと臨床に意識が向き、慎重になり、注意深く事象を観察する目が開く。宝物を見逃すというよりは、患者さんを通じた臨床から、少しでも多く学びを得ようとする姿勢であり続けるための戒めのように思われます。

多忙な日常臨床の中では、その都度、詳細なカルテを仕上げていくことは不可能です。そんな時間的猶予はないからです。焦って支離滅裂な記載になっても駄目ですから、記入が間に合わない場合は、後に回すことになります。その日の、時間のある時に丁寧に仕上げれば良いのです。私は、隙間時間や昼休み、診療後に記入残しがあったカルテを仕上げています。保険医は、遵守しなくはならないルールでガチガチに縛られた不自由さがありますが、我々はそれを承諾済みで保険医の申請をしたのでありますし、国民の多くが保険での歯科治療を求めているのであれば、それに応えなくてはなりません。改定で少なからず臨床現場が振り回されがちだとか、点数が物価の上昇に追いついていないとか、臨床の実態をあまり反映していないルールのまんまとか、不満もありますが、だからと言って保険医の返上を私は考えていません。国民皆保険制度は、疾病の前ですべての患者は平等であり、相互扶助の考えに基づいて設立と運営がなされています。私自身は、この考えが好きなのです。
 
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2017年02月06日

ラバーダムの思い出

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やっぱり軟象を取り残してやがるぞ!(3流)


装着もしていないのにラバー(10点)をルーチンに算定するカルテを横目に眺めていた歯医者になりたての頃、ラバーダムは書類上だけの存在でありました。実際に装着してませんが、算定してええんですかい、と訊いたが、いいんだよって。根治の点数が低すぎるから、これぐらいもらわないとヤッテランナイってとこでしょうか。クランプの絶対にかかりっこない残根のエンドでも算定されていたものです。記憶違いでなければ、だれ一人、ラバーダムを使用していませんでした。非難できる雰囲気ではありませんでした。算定しないと怒られるのです。現場の姿に、少なからずショックを受けました。

そこで正義の新人歯科医師ぎゅんた先生はラバーダムを…と想像されたあなたは偉い。しかし私もラバーダムを使いませんでした。ラバーダムの価値を理解していなかったこともありますし、周りが使用していない中でその流れに抗うように使用することに躊躇したからです。また、診療室に器具が用意されていなかったからという理由もあります。その後の保険改定にて無くなったラバー(10点)と同様、誇れる過去ではありません。

ラバーダムに実際に触れ始めたのは、研修医を終え、母校の保存修復学講座に大学院生として在籍していた頃です。母校の歯科診療フロアには、ラバーダム一式が用意されていましたし、私なんぞのヘボ臨床でも学生の見学がはいるものですから、ラバーを掛けられるときはラバーを掛けていたものです。当時の私は実習やOSCE対策やらで学生にラバーダム装着の指導なんぞをしていた身分でもあります。腹心として、実習で君たちがやってきたのは臨床でこんな感じやぞと、実際にみてもらいたい気持ちがあったのです。大学病院は、研究機関でもありますが、教育現場でもあるからです。学生の前で手早く綺麗なラバーを張れると誇らしい気持ちになれたものです。ポーカーフェイスで、さも「いつもやってて当たり前すぎる感」を装うのがコツであります。慣れると浸麻奏功待ちの時間に1分とかからず装着できるようになるものです。

さて、お分かりのことと思いますが、この思い出話には価値がありません。価値があるのは、ラバーダムを装着することで得られるメリットだけです。ラバーダムを装着してもヘボ臨床だったら、それは仏作って魂入れずに他なりません。予想がつくと思いますが、当時の私の臨床は及第点にも届かぬミゼラブルなものでした。患者さんにも、周囲の先生にも、随分とご迷惑をかけたものです。思い出すだけで気分が重くなり憂鬱になるのですが、つまりは、一生、忘れてはならない戒めなのであります。例えば単根の抜髄で、ラバーダムを装着して抜髄をする、その行為のみに満足して、術後疼痛(debrisを根尖から押し出しただけでなく、感染象牙質の取り残しと無作法な器具操作による医原性の感染、そして残髄炎)を起こし、次回時に「はて、ラバーダムで無菌操作したはずなのになぜ?」なんて首を傾げていたのですから…。ラバーダムを装着する行為こそが全てに先行する原則論に陥っていて、エンドの実践が伴っていなかったわけです。

いまなら、ラバーダムの優れた効果とありがたさ、使いどころを理解していると自負できます。例えば簡単なT級充填にしろ、ラバーダムの有無で処置への集中力がまるで違ってくるからです。いわんやエンドをや。

使用しているクランプやフレームは、学生実習の頃から用いているおよそベーシックなものです。シンプル堅牢なので壊れません。ラバーダムシートはFEEDから購入したデントレックスデンタルダム。なお、ラバーアレルギーの人がいつ来院されるかわかりませんから、ラテックスフリーのグローブと同様、ラテックスフリーのラバーダムシートも用意しておくべきであります。

これも忘れられない思い出ですが、ラバーアレルギーだった私の先輩は、OSCEのラバーダム対策実習中にアナフィラキシーショックを起こして病院送り(実際は病棟内の内科送り)になりました。呼吸困難をきたしてエピネフリン注射かステロイド投与かされていたはずなんで、下手すれば危ない場面だったのであります。北海道を離れて便りがなくなってから長いですが、お元気にされていることを願うばかりです。ちゅか母校を離れるともう同級生との横の連絡とかさっぱりですよね。え、私だけ?  



オススメ
写真でわかるラバーダム防湿法
posted by ぎゅんた at 23:25| Comment(6) | TrackBack(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

タグバックと根充

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エンドは好きだが根充はあまり好きでない気持ちは昔とあまり変わりがない。
難易度の高い一発勝負のところと、生来の不器用さから細いポイントを狭い口腔内にて取り回す作業に迎合できぬ精神的緊張感を常に感じるからである。言い訳であるのはいうまでもない。

手用ファイルを用いていたころは、アピカルシートを形成した最終拡大号数の1号上のファイルをwatch-windingでアピカルシートまで一度到達させてから、最終拡大号数のマスターポイントで側方加圧充填していたものであった。分かりにくい文章だが、ISO規格を信じて最終拡大号数のマスターポイントで根充しようとするとアピカルシートにまで達することなくアンダーになっていたからであった。最終的にアピカルシートに触れた号数の1号下の号数のマスターポイントで根充していたのである。この方法だと、マスターポイントは概ねアピカルシートに達する感じに落ち着き、弱いながらタグバックも得られるのである。当時の勤務先の同僚に教えてもらった方法である。


Tag-back
学部4年の歯内療法学生実習『根管充填』の日のこと。ライターに「患者が、歯を引っ張られているぐらいに感じるタグバックがないとダメ」なんて言われて、そんなもんさっぱり得られず、「おれ、歯医者になったら根っこの治療できんわ…」と青ざめ不安と焦燥感に嘔吐したものであったが、今となっては懐かしい思い出のひとつである。あ、この抵抗感はタグバックだなやったぜとドヤ顔で根充したらどアンダーだった(ポイントが途中で引っかかっていたのをタグバック感じただけ)おマヌケ失敗もあわせて思い出す。

タグバックが、「歯が引っ張られる」ほどの強さがあれば、それは確かに心強いものだ。作業長どおりで、タグバックがあれば良好な側方加圧充填が約束されるからである。ただ、実際には的に刺さったダーツを引き抜くときに感じる感触ぐらいのものだろう。そんなタグバックは、アピカルカラーに起因するものであるはずで、程度の様々な湾曲にまみれた根尖部にあって、手用ファイルで適切なアピカルカラーの形成は易しくはないはずである。

手用ファイルは号数が上がれば回転運動で容易にレッジやトランスポーテーションを起こすのだから、バランスドフォースを取り入れないとならないだろう。
うーん難しそう。学生には無理やで!

いまの歯学生や若い先生方は、学部教育や臨床現場に出た時点でNiTiファイルに出会っているだろう。私が学生時代のころは、NiTiファイルといえばライトスピードが登場していた時代である。が、見たことも触ったこともない。歯内療法教室(講座)があれば触れられる機会もあっただろうが、我が母校には無かったのだ(歯内療法は歯周病教室が兼任していた)。

とりあえずNiTiファイルは、「あんなもん使わなくてよろしい」「手用ファイルも使いこなせないくせに道具に頼るな」「高いし折れるし結局は手痛い代償を支払う器具」等々のコメントを異口同音にいただいたものであった。当時のエンドは精神論が横行していた最後の時代だったのではと今になって思う。

そんな環境でエンドに足を踏み入れた私だったが、いまではレシプロケーション型のNiTiを用いているし、最低限のエンド治療ならできる準備が整ってきたように思えるところにある。遠い頂にいたる麓の登山口に到着したばかりだ。

根充は、目下、レシプロック専用ガッタパーチャポイントを用いるCWCTを採用する場面が多い。
これについては機会があれば(偉そうに語りたい気持ちが湧いたら)思うところを書き殴ってみたいところだ。
 
ラベル:根充
posted by ぎゅんた at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

シーラーが溢出しちゃっての根充後の痛み

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根面に薄く広がる(よう見える)と痛みが大きくなるようです


根充によってシーラーが根尖孔から溢出すると、根充後に疼痛を訴えられることがある。特にユージノール系シーラーは強い痛みになる。最近のシーラーはレジン築造の普及に伴って非ユージノール系が主流になっているので、拘りでもなければ非ユージノール系のシーラーを選択すべきだろう。とはいえ、そんな非ユージノール系のシーラーであっても、根尖部から溢出すれば痛みが起きる点では変わりはない。

根尖孔をガッタパーチャで緊密に封鎖するためにはシーラーを併用する方法が一般的である。どのシーラー(製品)を用いるべきかは、なんとも言えないが、垂直加圧充填を行うことがある私はAHプラスを使用している。これは古典的なシーラーだが、いまだに世界中で使用されている点で実績がある。

シーラーが根充によって根尖から溢出すると確認デンタル写真上でパフとして写る。パフの規模が小さければ、根充の瞬間(シーラーが根尖孔からでた瞬間)に一瞬の痛み程度で術後疼痛はないまま経過することが殆どだが、パフの規模が大きくなると術後疼痛が大きくなりやすい。

拡大した(術者が機械的に触れた)部分までをシーラーとガッタパーチャが、それから先の、生理学的根尖孔から解剖学的根尖孔あたりの空隙にシーラー少し漏れて、小さなパフとして確認デンタルに写るぐらいの規模が望ましい気がしている。シーラーは異物なのだから、根尖から溢出させる量は少ないほうが良いに決まっている。決してオーバーさせてはいけないという考えもある。そのなかで私は、小さなパフが得られる根充が好きである。実際に優れた根管充填の証拠になるかどうかは別として、上手く根充が出来た達成感があるからだ。側枝までシーラーが入り込んでいる像が得られると本当に嬉しい気持ちになる。多分に術者の恣意的な感情である。

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パフは大きくて目立っていれば良いものではないから、これぐらいの規模のものが理想的かなと思う。この程度のパフであれば、痛みは全くないか、ごく軽微な一過性で済む。
※ラテラル根充。形成があまり連続的でなく、根管口付近の充填が甘いのがイマイチ

拡大した(術者が機械的に触れた)部分までをシーラーとガッタパーチャが、それから先の、生理学的根尖孔から解剖学的根尖孔あたりの空隙にシーラー少し漏れて、小さなパフとして確認デンタルに写るぐらいがよさそうだ。無用な根充後の痛みも殆ど無くてすむ。

流れ出たガッタパーチャによるパフはよろしくはあるまい。溢出したガッタパーチャ表面にアスペルギルスがバイオフィルムを形成する可能性についての報告があるからである。溢出したガッタパーチャも、長期的にみれば吸収されていくのだろうが、存在感の大きな異物であるから、決して根尖からは出してはならないと考えておくべきだろう。

なお、根尖部の洗浄が不完全な場合に根尖からシーラーやガッタパーチャが溢出する根充をすると、感染源を根尖孔外に押し出すことによる術後疼痛がでることが多い。場合によっては根尖病変を形成させる医原性行為になりうる。根尖部から出してしまった「異物」を除去するためには、多くの場合、外科的アプローチを要することになる。そういう意味では、アンダーであれば根管からのリトリートメントが利く余地が残されている面で安全といえる。しかし、アンダーであるとすると、格好の良いエンドからは遠ざかる気がしてならない。拡大したところまで根充されておらず死腔があれば、将来の感染根管治療の予約チケットを渡すようなものだ。
 
posted by ぎゅんた at 12:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 根治(回想) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする