2024年01月12日

歯肉癌 carcinoma of the gingiva

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古本購入した医学書院の『標準口腔外科学(第三版)』のテキストから。学生ならフーンと流し読みしてしまいそうだが、重要なことが羅列されている


口腔病理学の講義だったと思うが、「(この教室にいるみんなが歯科医師になったとして)半分の諸君は生涯に一例はなんらかの口腔癌に遭遇する」と聞いた覚えがある。歯科医が口腔癌に遭遇するのは、そのぐらいの確率であるという例えである。交通事故よりは低い確率、といったところだろうか。「遭遇率は決して高くはない。されど決して無理できない確率」のように思えるし、そういうニュアンスを伝えたいのであろう。つまりは、歯科治療の担い手となり、患者の口腔内を覗く身分になるのであれば、口腔癌というものの存在は常に意識しておかねばならぬ、という教えのように思える。

果たして、私個人経験で話を進めれば、この話は控えめに過ぎる。
上顎洞癌、そして歯肉癌に遭遇しているからである。
私が格別に粘膜病変を発見する優れたハンターなのではない。
少なくとも言えることは、口腔癌を含める粘膜病変は我々が想定しているよりも多く存在する。
そして見過ごしてしまいがちな厄介な存在であるということだ。

口腔の粘膜病変は、漫然と口腔内を覗いていると見落としてしまいやすい。
さりとて、それでも「見過ごした」という大きな事故は起きにくいほどの遭遇確率であったりする。

実際、口腔癌に遭遇せずに歯科医師人生を終える先生もおられるだろう。ただ、それは運が良い人だと思う。医療漫画『ゴッドハンド輝』のテル先生のような絶対的な天運を持っておられるような人ではないか。つまり、私を含めた多くの歯科医師は、口腔癌に遭遇することは起こりうる事象として認識して日々の診療に従事すべきである、と私は言いたい。


最近、私が経験したのは歯肉癌である。ケースレポートではないので詳細ははぶく。

「ひどい虫歯の周りの歯茎が腫れているので抜歯して欲しい」が主訴であった。果たして当該部に自発痛はなかったが、残根にしては周囲の歯肉の形態が不正で、滲むような出血痕跡を認めた。直感的な違和感をおぼえた。

通常であれば患歯は保存不可能での判断で抜歯、という流れになりうるが、もしこれが歯肉癌であれば抜歯は禁忌である。私は逡巡したが、患者に「ひょっとしたら単なる歯茎の腫れではないかもしれない」と前置きして、口腔外科の受診をすすめ紹介状を書いた。

それから数ヶ月、なんの知らせもなかったので「頼りがないのは無事な証拠。俺の思い過ごしだったのだろう」と捉えていたが、患者より連絡があり、歯肉癌の診断で手術を終えましたとのことであった。私は臨床医として肝を冷やす思いをしたのだった。
 


posted by ぎゅんた at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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