2023年01月17日
歯科技工について考える
数十年ほど前は、多くの歯科医師は時間を作って歯科技工を行っていたのであります。作業模型に始まり、個人トレーやメタルインレーやフルキャストクラウンなどは当たり前のように自分で行なっていたものです。それでも時間的に捌き切れないので、キャパオーバーの分を、近隣の歯科技工所(概ね、個人が営む自宅兼技工所)に依頼していたのです。私の父は、いまでこそ技工作業はあまりしないものの、昔は仕事が終わってから夜間に歯科技工をしていました。自分が頑張って働けば働くほどお金が稼げた時代、とも言えましょうが、その実は、そうでもしなければ診療がおっつかないほどの技工物オーダーがあった多忙時代だったのです。私の幼い頃の記憶にも、技工室で働いている父の姿があります。
さて今の私は、仕事が終わってから技工作業をすることはほとんどありません。
楽なのは良いですが、歯科医師として堕落している気持ちがしてなりません。歯科技工は歯科技工士の仕事でありますし、歯科医師が歯科技工士顔負けの技工仕事を毎日する必要はないことは分かっていますが、歯科技工から離れれば離れるほど、歯科医師は、その臨床能力が伸び悩んでしまうのではないか、確証もなく、そのような思いに駆られるからです。
かつて研修医〜医局員時代は、印象採得したらそれを技工室に持っていき固定液に付けておき、その診療後に石膏を注いでおき、硬化したタイミングで作業模型〜咬合器のマウントしておき、医局の仕事が終わった後に技工室に行って技工作業をしたものでした。誰でも利用できる技工机が数台、用意されていて、同期と席を譲り合いながら、次第に自分のお気に入りの机と縄張りが出来始めて、深夜ラジオ(SCHOOL OF LOCKが始まってからが本番)を流しながら作業をしていたものです。そのうち、技工作業に熱心なものとそうでないものとに分かれていき、技工室で会うのは馴染みの顔ぶれになっていくのでした。
私は頑張って自分で技工作業をしていましたが、全員の中で一番、見栄えの悪い「整然としていない」作業をしていたと思います。ノロマで、効率が悪く、仕上がりも悪い。だいたい、歯科技工の腕の良いやつというのは簡単に分かるもので、まず第一に作業していて綺麗なのです。作業スペースから技工器具から、なんなら姿勢に至るまで、全てが常に綺麗なのであります。
例えば、私がマウントした咬合器と彼らがマウントした咬合器は、もう見た感じからしてオーラが違う。そもそも、マウント用石膏が余計な場所に一切はみ出ていないし表面も乱れていない。いきおい、咬合器と石膏のコントラストが実に鮮やかで見目麗しいわけです。一方、私の咬合器は「男は中身だ見た目じゃねえぜ!」とダメ男が吠えてるようなモノで小汚い。どちらが効率的に美しい作品を仕上げるでしょうか?答えは言うまでもありません。
もし今、この記事を読む歯学生がおられるなら、実習は「綺麗に作業する」ことをアドバイスしたいと思います。常に綺麗に作業する、綺麗な仕上がりを目指す。こうしたことを念頭に作業するのとしないのでは、結果に大きな差がでます。「見た目」なのです。やるからには美しく、の精神です。
これは歯科技工に限らず、いかなる分野の職人も、一流は必ず綺麗に作業する(そして速い)もので例外がありません。当院にいつもインレーやキャストクラウンや前装冠やHJC、CAD/CAM冠、メタルボンドその他の技工物を作ってくださる提携先の技工士さんの机は常に綺麗なはずですし、あらゆる作業が「場を汚さない」所作になっているはずです。
当時、仲良くしてくれた歯科技工士さんにお手本のレジン前装冠を目の前で作ってもらったときはその速さと仕上がりの美しさに舌を巻いたものでした。支台歯はこんなふうに形成してくれると嬉しいとかスチュアートグルーブの付与とか、色々なことを教わったものです。
歯科技工士の指先のマジックは、もっと世に知られるべきだと思います。
それらをウェブカメラで中継して歯科技工の世界の凄さや魅力を配信するラボが出てくるかもしれません。
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