針を用いない局所麻酔用注射器であるInjex50に関しては以前に記事にしたが、ちょっとしたマイナーチェンジがあったことを知った。
今回もデモ機を拝借する幸運に恵まれたので、どこがどう変わったものか確することができた。
実地を経て得た個人的な感想を紹介できればと思う。
なにが変わったか?
・名称がInjex50インジェクターPLUSになった
・麻酔液の注入量を、0.1-0.5mlの間で調整できる
・消耗品のアダプターとシリトップが、121°のオートクレーブ可になった
・(使い方次第で)以前よりショット時の痛みと衝撃を小さくできる
こんなところである。
あまりたいした変更じゃなさそう、と思わせておきながら、実のところは素晴らしい改良なのであった。私は購入を決めた。
Injex50を導入する大きなメリットは、無痛的な予備麻酔を手早く達成できることにある。
私の局所麻酔の基本的なスタイルは以下の手順である。
1.最初に求める刺入点である歯肉境移行粘膜をエアでキンキンに乾燥させる
2.表面麻酔を30秒ほど施す(エステル型ゼリーでもペンレスR︎のようなテープ型でもよい)
3.表面麻酔部位をエアでキンキンに乾燥させる
4.粘膜にテンションをかけて解放する動きで針を刺入する
※針の方を粘膜に刺すのではなく、針は粘膜上に置いたままで移動させた粘膜が針に刺さるようにする
5.局所麻酔液を0.2mlほど注入(予備麻酔)
6.うがいをしてもらって30秒ほど待つ
※この時、重力を利用して付着歯肉の方に局所麻酔の奏功が広がるようにする
7.付着歯肉に「本命に注射」として次の刺入を求め局所麻酔を完了させる
これは手技に習熟すればかなり無痛的な局所麻酔ができると自負している。私のような不器用な人間ですら「痛くなかったわ」と患者さんに喜ばれることがあるくらいなのだ。人体に針を刺すのだから無痛というのは絵空事かもしれないし、患者さんだって痛みは覚悟されている。とはいえ局所麻酔のたびに痛がられるのは(やむを得ないことだとは思うけれど)歯科医師にとっては地味にストレスなので、患者さんの予想を裏切る程度の痛みで局所麻酔を完遂できる意義は大きい。痛くない局所麻酔は楽しい歯科診療の一里塚だと思うので、参考にしてくれる先生方いたら欣快の至りである。
一方で欠点もある。最初の予備麻酔で0.2mlの麻酔液を消費すること、表面麻酔のコストが掛かること、刺入点が増えがちなこと、少なからず時間と手間が掛かること、などである。また、弄舌壁や体動、唾液量が多く粘膜の乾燥状態が保ちにくい患者や智歯のような操作性が悪くなりがちな箇所では適応が難しいことも挙げられる。
さて、Injex50を用いた場合に大きいのは「無痛的な予備麻酔を手早く達成できる」ことである、と述べた。表面麻酔30秒とうがい後の30秒の待機時間をスキップできるのである。
これは、Injex50インジェクターPLUSを用いれば容易に達成できる。
0.1-0.2mlの局所麻酔を、最初から付着歯肉にショットすれば達成できるからである。やってみればわかるが、あっという間である。局所麻酔はショット部位から少なからず漏れるので含嗽は必要であろうが、その後にチェアを倒せば、すぐに本命の局所麻酔を付着歯肉に求めることができる。どれだけ時間を節約できるか、分かるだろうか。
肝心の痛みはどうなのだろう?
まず私はマヌケな姿だが自分で鏡を見ながらショットを試行した。その結果、歯肉境移行部に打つよりも歯間乳頭部や付着歯肉に打つ方が痛みがないのでは?という事実が得られた。これが事実なら、この器機のメリットは極めて大きいではないか。
いや、所詮は自分自身で適当に試した結果に過ぎないから間違いがあるかもしれない。私がそうでも患者は違うかもしれない。だから、実際の患者さんでも試してみなくてはならないだろう。
ちょうど友人が歯周治療で来院したので、ワケを話してトライさせてもらうことにした。
結果として、歯肉境移行部も歯冠乳頭歯肉や付着にショットするのも痛みに目立った差はなかった。痛みの程度は、ゼロではないが患者さん側が予想されるよりも確実に小さい。ただし、ショット時の衝撃はそれなりで、そちらが気になった、みたいなフィードバックが多い。だから、予めそのことだけは伝えておく必要がある。
私は「今からデコピンするみたいに麻酔をかけますよ」と伝え、せーのでショットしている。打たれた患者さんは衝撃には少しビックリするようだが、痛みは特に訴えられないのである。これは、老若男女全てに応用できる。小児の場合、デコピンを知らないことがあるが、その場合は「これがデコピンだよ」と一緒に遊ぶように教えるとよい。こういうコミュニケーションを取ること自体が、麻酔に伴う余計な緊張の緩和にも寄与するというものである。一例、ご年配の方でデコピンをご存じない方がおられたが、説明すればすぐに理解してくれるので心配には及ばない。「しっぺ」とかありましたね、と話題を膨らませてもよい。ちょっとした小話をしながらテンポ良く診療を進めるとよい。
ショット時の衝撃を小さくするためのコツは、調整棒とプランジャーロッドが接した状態にしておくことが第一である。これは、アンプルをセット後に調整棒を時計回りにした際にアンプル先端から麻酔液が漏れる状態にしておけばよい。
欠点があるとすれば、準備が手間かもしれないこと、初期導入の費用がかかること、ショット後の液漏れが多いと苦いことである。
アンプルへの麻酔薬の注入とインジェクターの準備は、慣れないうちは戸惑うかもしれない。が、すぐに慣れる程度のものである。
初期導入は、ひとかどの医療用機器を購入するのだからそれなりの費用だが、過去のシリジェットの半額以下の値段であるから、痛くない局所麻酔に寄与する器具に投資する費用としては安いだろう。
液漏れは、0.1-0.2mlの液量で行うことで被害を減らすことができる。そもそも予備麻酔なのでこの程度の量で充分である。液漏れが多いということは、粘膜内に局所麻酔液を打ち込めなかったことを意味するので、操作に習熟してできる限り減らしていきたいところだ。