2017年07月02日

下顎前歯の二根管症例(Weine3型)

下顎前歯の根管治療に遭遇する頻度はさほど高くはない。
全ての歯科医師が周知しているように、下顎前歯部は唾液腺の開口部領域にあることからう蝕になりにくく、寿命が長い歯だからである。

と思いきや、昨今の高齢化社会では老人の根面う蝕の発生に伴って、下顎前歯もその猛威に晒され、歯髄炎や歯髄死に継発する感染根管、また歯冠破折による露髄残根に陥っている場面に遭遇することがある。統計がとられているかは知らないが、増えているのではないか。虫歯の治療の経験がなく歯に自信をもつ高齢者の歯が根面う蝕に刈り取られている姿が眼に浮かぶ。

う蝕になりにくい下顎前歯部根面う蝕をきたすのは、咀嚼能力が落ちてくることで食べやすい加工食品(ことに菓子パン)を食べるようになることのプラーク付着や、唾液分泌量低下の影響があるものと思われる。不思議と菓子パンを好む高齢者は多い。彼らにとって甘いものは「蜜」であり、贅沢品であり、耽溺したい対象になっているのか。油と糖質の塊は、確かにパンチの効いた美味を提供してくれるものであることは分かるのだが。こうしたものは嗜好品の範疇なので常食すべきではあるまい。


two canals_01.jpg

そんなかんだで、下顎前歯部の根管治療の依頼を受けたケース。術前写真で2根管性であることは明らか。

下顎前歯がいかなる場合であれ単根管であると考えるのは軽率で、実のところ、低い確率ながら複根管であることを忘れてはならない。下顎前歯の歯の解剖に関しては、その昔に先人たちが報告した通りである。下顎前歯では、歯根が唇舌的に広く近遠心的に狭いが、約半分の根で2根管性である。その場合の大半は根尖1/3で融合して根尖部で単根管となる(Weine分類1 でいう2型)。根尖部で合流しない、純粋な2根管性(Weine分類でいう3型)は1.3%程度の出現率とされている2.3

上顎大臼歯の根管治療でMB2の存在を常に意識するように、下顎前歯の根管治療に際して我々は、複根管の存在を意識しなくてはならない。根尖部で合流するタイプのものが多いとはいえ、根管の見落としは除去すべき有機質を見逃すことに他ならないからである。2根管性の場合、舌側が発見しづらいことが多いため、アクセス窩洞のアウトラインを唇舌方向に大きくとらざるを得ない。不必要な歯質削除は常に慎まなくてはならないが、発見すべき根管を見落とす可能性が高いのであれば、拡大的切削は許容されるだろう。どのみち複根管が発見された場合、円滑な根管治療のために更に窩洞が削除されることになる。レアなケースと思われるが、Tzvetelina G. Gueorgieva4 ら は3根管の下顎側切歯の症例を報告している。しかしこれすらも、アクセス窩洞を大きく確保することで解決されるものである。

術前写真でお分かりのように、根面う蝕を除去していけば残根に近い状態となり、結果として根管口はモロ見えとなるわけであるから根管は簡単に発見できた。スタート地点が恵まれていただけで、もしインタクトなケースであったら労を要することだろう。

10Kでネゴシエーションし、プログライダーでグライドパス形成を行ってからNEX20/.04⇨ウェーブワンゴールド:プライマリで拡大形成を行なった。根管洗浄は17%EDTAとヒポクロをクイックエンドを用いて頻繁に行なっている。クイックエンドと滅菌ペーパーポイントで根管の乾燥を得てレシプロックガッタパーチャR25をAHプラスを用いてCWCTで根管充填を終えた。

two canals_02.jpg


下顎前歯部の根管治療をする際は、術前のレントゲン写真を正放線に加えて偏心投影でも撮影するべきだろう。髄腔開拡に際しては、見落としを防ぐために唇舌方向に大きくとることも必要となる。マイクロを所有されている先生であれば、複根管を目で確認できる面でいよいよ有利である(羨望)



1.Franklin S. Weine. Endodontic Therapy, 5e 5th Edition,1996:243-244
2.Vertucci FJ. Root canal anatomy of the human permanent teeth. Oral Surgery 1984;58:589-599
3.Benjamin KA, Dowson J. Incidence of two root canals in human mandibular incisor teeth.
Oral Surgery 197438:122-126
4.Tzvetelina G. Gueorgieva , Rahaf A. Mohamed ENDODONTIC TREATMENT OF LOWER LATERAL INCISOR WITH THREE ROOT CANALS – CASE REPORT. Journal of IMAB - Annual Proceeding (Scientific Papers) 2013, vol. 19, book 2
posted by ぎゅんた at 22:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 根治(実践的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
下顎前歯の根管治療は難しいのでマイクロを持っていても避けたいとこです。

形態に関しては仰る通りで、理想的なストレートラインアクセスが唇側もしくは切端からしかないと考えると、逆に舌側からアクセスする方が不必要な歯質の除去になってしまうと考えています。
ただ大学教育においても、たしか舌側からアクセスと教えられていた気もしますが、論文や解剖学的形態から考えると明らかに間違いですねえ・・・。


Ideal endodontic access in mandibular incisors.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10321188
(下顎前歯の理想的なストレートラインアクセスは唇側と切端から。)
Posted by ShinyaM at 2017年07月04日 11:43
ShinyaM先生 コメントをありがとうございます。

切歯の髄腔開拡は、学生時代は舌側からのアプローチを習いましたが、同時に唇側への穿孔についても習うんですよね。友人らと「ほんなら切縁からアクセスすりゃいいのに」と話したのを思い出します。後年、小林千尋先生の名著「楽しくわかるクリニカルエンドドントロジー」のなかに前歯部のラビアルアクセスについての記載があって、やっぱりそうよね!と膝を打ったことも覚えています。唇側と切縁からのアクセスをまず開始し、それから舌側の壁を落として見落としがちな舌側根管を発見するよう攻略すれば間違いがないと思います。

根管充填後にKP-CRで終えようとすると、舌側からのアプローチのがいいのは分かるんですけども。
Posted by ぎゅんた at 2017年07月04日 13:16
いいですね。学生時代そんな議論した覚えが全くないです(苦笑)
引き続き色んな文献あたってみましたが、舌側からアクセスし切縁近くまで歯質除去する例や、リンガルショルダーを落とす例などありました。

削除量少なければCRで終えるのが理想ではあるんですがリーケージ考えると、しっかり補綴した方が有利かもしれないのが悩むところです。
Posted by ShinyaM at 2017年07月04日 15:32
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