2017年01月21日

失活歯髄根管の攻め方


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79歳の男性。左上奥歯に歯茎におできが出来て歯医者に行ったが「問題ない」と言われて放置していたが、変わらず消えないままだと来院された。

サイナストラクトが#26頬側歯肉に存在している。デンタル写真で、MB根尖とDB根尖とにかけて不穏な透過像がある。#27が感染根管であるのは間違いないが、サイナストラクトの原因歯と断定はできない。サイナストラクトからアクセサリポイントを挿入して撮影したところ#26のDB根尖付近を指した。打診痛はないが、打診時の違和感は訴える。電気歯髄診で陰性を示す。遠心充填部からの微弱なリーケージで緩慢な歯髄死が続いていたのだろうと思われる。原因歯と診断し、患者に説明する。

ここからは、浸麻の有無をどうするかを考える。
「サイナストラクトを形成するような感染根管だから歯髄は完全に死んでいるだろう」&「電気歯髄診で陰性だった」ことから無麻酔で始めることはできる。しかし歯科医師は、しぶとく生き残るあのC繊維の存在も知っている。余計なタイミングで鈍い痛みを訴えるアレだ。

即ち、歯髄死に至った根管=浸麻不要と考えるのはいささか早計である。同様に、前医が抜髄処置を施した根管に手を出す時も、残髄の存在を否定してはいけない。したがって、最初から決め打ちで浸麻をして根管治療を始めてもおかしくない。海外では、根治は常に浸麻下で行うと聞いたことがある。

私はまず、浸麻をしないで髄腔に向けて切削を始める方法をとった。歯髄が死んでいる診断に自信があったというよりは、髄腔開拡で髄腔に向けて切削をしていくのだから、知覚があれば切削してすぐに痛みを訴えるだろうと考えたからでもあるし、「ホラ、神経が死んでいるから、痛みを感じないのですよ(エヘン)」と患歯の病態と診断の正しさを誇示したい小賢しさがあったからである。

注意しておきたいのは、「失活歯で歯髄は痛みを感じないはずだから浸麻しないで処置しよう」と短絡的に考えはならないことだ。電気歯髄診で陰性であっても、ファイルを根尖付近に到達させた時に痛みを訴えられることはしばしばある。歯科麻酔学的にも、疼痛を感じた後は閾値が低下して局所麻酔が奏功しにくくなることから、「後出しじゃんけん」は良くない。良くないけれども、浸麻なしでできちゃうことも多い。

このような場合は、患者さんに「根っこの治療は、不意の痛みを伴うことがありますので、不安でしたら麻酔をした状態で治療しますよ」とあらかじめ伝えるとよい。浸麻を希望する人は経験的に30%ぐらいである。

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この人は麻酔しなくていいよとのことだったので、ひとまず髄腔穿孔させていった。予想通り、なにも痛みは訴えずないまま露髄点が3つでた(上写真)。先端が鈍なバーでつなげば天蓋が取れるので髄腔を整理する。頬側はMBもDBもともに完全に失活していた。P根の根尖部ではわずかに痛みを訴えたが、そのままネゴシエーションして#15のPatencyを確保する頃には痛みを訴えなくなった。

サイナストラクトの原因が頬側2根と睨んだので、MB(MB2はなかった)とDBをまず攻略。バージンキャナルなので、根管の走行を逸脱させたくないのでNiTiで根管の形成をする。Patencyとグライドパスを確保してからウェーブワンゴールドで拡大。狭窄根管でもあるのでスモール:20/.07から開始し、プライマリ:25/.07まで拡大を終える。歯髄壊死の感染根管だが、この時点でファイルに付着してくる削片が既に白い。根管洗浄してペーパーポイント:30/.02を挿入するとMBは水分のみだが、DBからは汚染が付着しきた。根管洗浄不足と考え、更に洗浄を行ったところ、汚染の付着がなくなった。P根の拡大形成は次回に回して仮封。目論見通りなら、頬側歯肉のサイナストラクトは縮小や消失に向かうはずで、それを確認したい気持ちがあった(保険診療エンドでこれ以上の時間はかけられなかった泣き言事情もここに加わる)。

一週間後の治療時に確認したところ、歯肉のサイナストラクトは赤黒い外観から、歯肉に同化するように溶け込んだ縮小状態で確認された。術後疼痛もなかったとのことで、患者さんは喜んでおられた。この瞬間はエンド診療の醍醐味のひとつである。ただ余計なものを取っ払って生体の治癒力が発揮されるように手伝いしただけに過ぎないが、これは歯科医師にしかできない仕事だからだ。

サイナストラクトを、診断と治療でもって速やかに消失させることができると、患者さんから大きな信頼を得ることができる。小さいことだが、こうしたものの積み重ねが後になって利いてくる。積立投信みたいなもんである。

最近の私のNiTi事情や根管洗浄の詳細はまた別の機会に紹介できればと思う。



※sinus tract とは、いわゆる「フィステル」のこと。AAEが2003年に取り決めたらしい。臨床上、フィステルの方が名前の通りがいいが、言葉の定義からもサイナストラクトと呼ぶべきである。このへんは寺内吉継先生のビジュアライズド イラストレーションズ How to Endodontics(P20)に詳しい。
posted by ぎゅんた at 22:37| Comment(8) | TrackBack(0) | 根治(実践的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ぎゅんた先生、出来たらラバーダムをお願い申し上げまする・・・。いや、されてるのかもしれませぬが、露髄開口の際にされてないのはちと気になりまして。
先生ほどのエンドの達人に意見するのは気が引けますが、出来ればこのブログを読む若手の先生に範をを垂れて頂くのと、少しでもラバーダムをする先生をぎゅんた先生のお力で増やして頂きたく・・・。
Posted by 奈良の変態紳士 at 2017年01月21日 23:32
奈良の変態紳士先生 コメントをありがとうございます。

ご指摘の通りです。

露髄開口前にラバーをしていると、ことごとく歯軸方向を誤って余計な切削をしてきた経験が多いこと。ラウンドシェイプ(大)を利用した髄腔開拡法は、ただでさえ余計な切削をしてしまうこと。この2つの理由があって、天蓋除去まではラバーはしない方が余計なエラーを起こさないであろう点で妥協できないものかと考えてます。

髄腔穿孔は、その瞬間に新品のバーを用いるべきであろうほど感染にシビアなステップです。今考えている譲歩的な打開策としては、露髄寸前に新品のバー(FEEDのDAバー等)に切り替えると同時にラバーダム装着をすることです。

ラバーダムは下顎孔伝麻と同じで、食わず嫌いな先生方が相変わらず多いのでしょうか。こんな旧態依然としたアナログなテクニックのくせにこれほど便利なテクニックもまたない渋さがたまらなく憎いやつなのですが。
Posted by ぎゅんた at 2017年01月22日 00:37
私はラバーを積極的に使用している方ですが、天蓋除去まではかけていません。ぎゅんた先生と同じく方向と深さを誤る危険性があるからです。パーフォレーションしたら元も子もないですから。
実は研修生時代に下顎2から2までを便宜抜髄しようとして3本パーフォレーションを起こしてしまったことがあります。馬鹿な歯医者です。それ以来、ラバーは根管拡大時から使うようにしています。学問的には間違っていますが、安全第一のつもりでやっています。
Posted by トリ at 2017年01月23日 00:13
麻酔とラバーどの時点でかけるかは悩むとこです。

自分の場合、麻酔は根管治療の場合、時間がかかることもあり、ほぼ全て使用します。開口機噛んどいてもらえれば半分以上の方がいびきをかいて寝てしまいます。寝といてもらえれば楽ですし。

ラバーに関しては・・・感染の事を考えると最初からかけておくことがベストと思います。
ただ残根状態の歯に隔壁を作ってもパーフォレーション起こしかけた事があるので、パーフォレーション予防と言うのも一理あるとは思います。
アメリカの某先生も開けるまではかけないと言われたので(悩
自分の場合は今のところ歯髄腔の狭さや歯の角度など、難易度で決めています。
Posted by ShinyaM at 2017年01月23日 11:10
トリ先生 コメントをありがとうございます。

失敗自慢ではありませんが、根治に慣れ始めてきたぐらいのペーペーのとき、上顎側切歯の抜髄でパフォったことがあります。エンドの教科書にある穿孔事故の模範図(前歯部)がありますが、まさにあれです。「いくらなんでもintactの前歯でこのパフォはないだろ」と思わざるをえない、あの模範図です。色々な意味でショックでした。一番ショックを受けたのは、そんなミスをやらかす勤務医を雇った院長先生だったに違いありません。いまも足を向けて寝られません。

本来、外科処置を行う術者に備わっているべき空間認識能力があれば、歯軸方向を誤ることもないのかもしれません。私は、空間認識が乏しい人間であることは間違いありません。思えば、中2のときの空間図形とか苦手やったなぁ…

「ゴッドハンド輝」という医者漫画でプラモデルを組み立てて空間認識能力を鍛えるみたいなエピソードがあったのを思い出します。実際に鍛えられるかは二の次で、手先の起用さの涵養のためにプラモデル入門しようかな。歯科技工を積極的に自分でこなす方が効果的な気もしますが。

つまらんコメントで申し訳ございません。
Posted by ぎゅんた at 2017年01月23日 17:49
ShinyaM先生 コメントをありがとうございます。

ラバーをかけるタイミングは術者それぞれで、患歯の状態にも左右されるもので当然だと思います。最初から掛けられるならそれに越したことはありませんが、場面場面で術者が判断して装着する方が自然かなと思います。

学生時代のエンドの教科書『歯学生のための歯内療法学」p17に「[参考]ラバーダムの装着」には、

従来はラバーダム装着を最初に行っていたが、現在はタービンなどもあり、髄腔開拡がある程度進んでから、または終了してから行うことが多い。しかし、この段階でラバーダムの装着ができるように歯冠部の準備をしておくことは大切である。

と、なんか官僚の答弁みたいな記載があります。

北大のエンドの実習帳では、穿孔した直後にラバーダムをかけて、天蓋除去と髄腔整理にすすむ手順になってます。

学生時代のエンドの実習でラバーダムはかけまくっていましたが、どのタイミングでやっていたかは記憶がありません。当院実習で現場に出た時、ラバーダムの装着でギャーギャー言っていた先生のみならずだれ一人としてラバーダムをかけていないことに驚いたことだけは鮮明な記憶があります(´д` ;
Posted by ぎゅんた at 2017年01月23日 18:38
久しぶりのコメントで緊張してますww
冠部の感染歯質の除去、隔壁整理をしてからラバーダムをしてます。タイミングは悩むところですね
Posted by ボクちゃん at 2017年01月31日 08:07
ボクちゃん先生 コメントをありがとうございます。

ラバーダム装着のタイミングはやはり悩みどころですね。最初から最後までかけるのが理想なのでしょうが、なかなかそれも…

上顎や前歯部は唾液コントロールが比較的易しいので、ラバーダム装着が根管を攻略する段階でかけても大丈夫っぽいのですが、唾液の侵入に晒される下顎臼歯部は最初からかけたくなります。

風邪で鼻が詰まっていたり口呼吸習癖のある患者さんはちょっとしんどそう。
Posted by ぎゅんた at 2017年02月01日 10:28
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