2012年07月16日

痛くない浸麻ができれば

浸潤麻酔.jpg


いち歯科医として、痛くない浸麻ができれば、かなりのアドバンテージであることはまちがいない。
特に昔の浸麻は針の口径が太かったり、骨にぶっさしていた(骨内麻酔)ようでありますから、特にご年配の方は

歯科治療=麻酔=とにかく痛い

という認識がかなりあるようです。
歯医者は「とりあえず痛いものである」と、なかば洗脳されているかのような認識でありますから、ただ口腔内を視診するだけでも、常に額に眉間皺を作っている有様であります。

このような方は、歯科治療に伴う痛みに関しては達観しておりますから、浸麻のときに痛くても「まあそんなもんだな」と結局、素直に納得いたします。ですので、多少痛かろうが、そりゃ嫌でしょうが怒ったり「あそこの歯医者は痛いから」と中断することもないのであります。

しかしその認識に胡坐をかいて痛い浸麻をしていても面白くはないわけで、やはり他人様の人体に針を指すからには創意工夫を持って可及的に痛くない浸麻をしたいものです。
全ての患者さんに痛くない浸麻を行えるようになることもまた、歯科医が常に探求すべき道のひとつではないでしょうか。


痛くない浸麻を提供するために我々が工夫することに、どのようなことがあるでしょうか。
私自身が知りうることに限ってしまいますが、以下に列挙させて下さい。

1.体温と同程度の温度にする(使用直前にカートリッジウォーマー等で麻酔液を体温程度の温度にする)
2.刺入前に、歯肉に表面麻酔を使用する
3.なるべく細い針を使用する(33G等)
4.患者をリラックスさせる(精神的緊張があるときは痛みを感じやすい)
5.薬液の注入速度はゆっくり



おおよそ、教科書的に言及されているのは、以上の点ではないでしょうか。

しかし、この通りにしても痛みは感じるだろうと思われる先生が大半だと思います。
それにどうにも曖昧です。
表面麻酔にしても、母校の歯科麻酔学講座は、刺入前の表面麻酔に効果はないと断言していました。
私自身は、表面麻酔の効果はあると思っておりますし、局所麻酔液の温度を体温と同程度に暖めた場合とそうでない場合で、疼痛の有無や軽減に有意差があるとは思っていません。


実際、臨床的にどうするか?
上のことを踏まえて、さらに実戦的にどのように行うかを述べます。
あくまで、ぎゅんた個人が行っている方法ですので、エビデンスもなにもシラネーヨ的手法であることにご注意ください。もちろん、欠点もあります。
なお、電動注射器は使用しておりません。ワンド、バイブラジェクトなどがあればより無痛的な浸麻ができるのではないかと思います(手元に無いので試せませんが)。針のゲージは30G(内径0.3mm)です。


1.浸麻する場所は、まず齦頬移行部に設定する
2.設定した部分と周囲(次に刺入するであろう部位)の粘膜をオキシドール綿球で拭います
3.その部位をエアでキンキンに乾燥させます
4.表面麻酔を最初の刺入部位である齦頬移行部に置きます
5.置いた表面麻酔の上から綿球を置いて1分以上、圧迫し続けます
6.綿球を左手の指で粘膜を緊張させるように押しよけます
7.最初の刺入部位である齦頬移行部は、綿球を指で押していることで緊張されていることを確認
8.ベベルの向きを確認した針先を、なるべく齦頬移行部に平行になるような向きでスッと刺入させます
9.薬液をごく少量、注入します
10.カエルの腹様に膨れるのが確認できるでしょうが、ここで薬液の注入は少しお預け、一呼吸待ちます
11.ゆっくり、薬液を注入していきます。粘膜はカエルの腹様に膨れていくでしょう
12.ここでいったん終了して、うがいタイムです
13.重力を利用して浸麻の液を少しでも移動させます。次の刺入部位あたりまで広がってくれるのを期待するわけです
14.1分半以上待ったのち、次の刺入と麻酔液の最終注入を行います。付着歯肉、歯間乳頭部になるはずです



書き出してみると思いの外、項目が多くなってしまいました。
分かりにくいとおもいますので、各項目のポイントや理由を解説させて下さい。

1.浸麻する場所は、まず齦頬移行部に設定する
⇒痛点が多い(二点弁別閾が大きい)といわれるが気にしない。痛点が少ないという歯間乳頭部の方が、経験上、痛がられることが多い。まず、痛くない齦頬移行部に浸麻液を注入して本命を刺入するときに痛くないようにしたい。

2.設定した部分と周囲(次に刺入するであろう部位)の粘膜をオキシドール綿球で拭います
⇒刺入点の細菌感染による潰瘍は想像以上に発生する。抜髄したらフィステルができた、そのフィステルは浸麻による潰瘍だったというのは笑えないジョーク(直ぐに治癒して消えるのであまり心配はいらないが、患者さんに気づかれると信頼感を損なうおそれが高い)。

3.その部位をエアでキンキンに乾燥させます
⇒表面麻酔は粘膜が濡れていると流れてしまって効力が落ちる。

4.表面麻酔を最初の刺入部位である齦頬移行部に置きます
⇒1.の解説の通り

5.置いた表面麻酔の上から綿球を置いて1分以上、圧迫し続けます
⇒圧迫しないで放置でもかまわないが、患者さんによっては舌でいじったり、目を話した隙にうがいをする可能性があるので。1分以上抑えておくのは、思いの外時間がかかることも忘れずに。

6.綿球を左手の指で粘膜を緊張させるように押しよけます
7.最初の刺入部位である齦頬移行部は、綿球を指で押していることで緊張されていることを確認
⇒刺入させる齦頬移行部粘膜は緊張させておく方が、刺入時の痛みを感じにくい。表面麻酔を併用しているのでなおさらである。

8.ベベルの向きを確認した針先を、なるべく齦頬移行部に平行になるような向きでスッと刺入させます
ベベルは、骨面に対して傾いていない方向である。針の基部のプランも部分にマークが見えるはずだ。それが見えている状態である。針の鋭利な部分が粘膜を下から救うように刺す様な方向でよいのである。

9.薬液をごく少量、注入します
10.カエルの腹様に膨れるのが確認できるでしょうが、ここで薬液の注入は少しお預け、一呼吸待ちます
11.ゆっくり、薬液を注入していきます。粘膜はカエルの腹様に膨れていくでしょう
⇒針の刺入よりは、注入された麻酔液の広がりによる局所の内部圧力の急な亢進の方が痛みを惹起しているようである。ごく少量の麻酔薬を粘膜下に注入したら、その分だけでも麻酔効果を発揮してもらうのを待ち、それからさらに注入していくのがよいのではないか。無論、注入速度は緩慢に行う。

12.ここでいったん終了して、うがいタイムです
⇒薬液が漏れて苦いおもいをしているであろうことと、思いの外ここまで時間がかかっているので、いったん休憩の意味があります。

13.重力を利用して浸麻の液を少しでも移動させます。次の刺入部位あたりまで広がってくれるのを期待するわけです
14.1分半以上待ったのち、次の刺入と麻酔液の最終注入を行います。付着歯肉、歯間乳頭部になるはずです
⇒例えば、上顎の左側臼歯部のケース。齦頬移行部に最初の浸麻をして、うがいをしてもらったとする。この時点で、患者の頭部は床に対してほぼ垂直である。とすると、齦頬移行部に注入した薬液は、重力に従って歯冠側側に移動するだろう。また、口蓋側にも浸麻の作用は効かせたい(口蓋側への浸麻は、付着歯肉が薄いこともあって痛いのでできればしたくない、少なくしたい)ので、更に患者の顔を右に傾けてもらうとよいだろう。勤務先では、患者さんの右側にTVがあるので「テレビを見ててくださいね」の一言で完了する。逆に上顎右側臼歯部に浸麻をするときは「テレビを見ててください」作戦は使えない。
下顎の場合は、患者が許せば水平位で顔を傾けてもらい、浸麻を重力を利用して舌側に流すようにすることもある。が、座位で顔を傾けてもらってもある程度効果は期待できる。また、下顎の臼歯部の抜髄は伝達麻酔を使うことが多いので、浸麻を併用する場合はそこまでこだわらなくて済む。


いかがでしょうか。参考になる点があれば嬉しいのですが。
この方法の欠点は、普通にバスっとやるよりも時間がかかってしまうことですね。
歯間乳頭部に表面麻酔、圧迫、刺入の方法のほうが簡便で早いです。痛がられますけど…
「浸麻(麻酔)は効けばいいんだよ」という向きには適した方法とはいえません。
ただ、うまくいくと「思ったほど痛くなかったです」と喜ばれますし、心なしか治療に対して前向きで協力的になってくれる気がしております。
表面麻酔は、ゼリー状のものを用いています。普通のエステル型です。
テープ状の「ペンレス(リドカインテープ)」を用いることができればより好いと思います。ただしその場合、コストは高くつくでしょう。


おわりに
抜髄時には浸麻が必須ですから、ちょいと根治に関係ないかもですが、今回は浸麻について個人的な意見を述べました。世の先生の数だけ、浸麻時のちょっとした工夫があると思います。
こんな方法もあるよ、という意見があれば是非、ご教示ください。
勿論、テメーの方法じゃ話にならんぜ…ホラ、こうしな!的ご意見などもお待ちしております。
 
posted by ぎゅんた at 19:07| Comment(4) | 局所麻酔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は50代になる歯科医ですが、ずーっと麻酔のことにストレスを感じてきました。効奏しないときのイヤーな感じ。ここ5年くらいは以前よりはるかに効いてきて、それまではなんだったんだろうと。しかし刺入時の痛みを感じさせないやり方はないのかとか、同じようにやっているのに術後アフターのような物が人によって出来たり悩みはつきません。

他の先生に聞いてばかりで,恥ずかしい思いをしてきましたが、同じように真摯に考えていらっしゃる方もいて,良かったです。もしよろしければ、よく効奏させるためのポイント 部位、貧血帯の広がりで私は判断していますが
先生のやり方をもう少し教えて下さい、
Posted by どりとる at 2015年05月07日 06:37
どりとる先生 コメントをありがとうございます。

浸麻に悩む種は尽きまじ、ですね。
懐かしい記事ですが、私のやり方はいまもあまり変わっていません。記事にある通りです。

記事に対して、現状から細かな注釈を与えますと以下の通りです。

・表面麻酔にリドカインテープ(小片に切り取って使用)
・小児の治療や簡単な麻酔で済む場合はスキャンドネストを使用
・浸麻に十分な時間を確保できないなら、本来、回避できうる痛みを与えてしまうことを覚悟する

麻酔を確実に奏功させるためのポイントとしては、
1.エピネフリン含有のリドカイン製剤を使用
2.薬液は「注入に圧がかかる部位」に、緩徐に、なるべく多くの量を注入する。
3.骨膜下注射するとかなり効く(注入時に痛みを与えやすいが)
4.とにかく根尖部に針を進めて注入する
5.下顎大臼歯では、伝達麻酔を併用する

おおまかにこんなところでしょうか。

大雑把にいうなら、
・奏功まで十分な時間を確保すること
・歯肉に注射する場合、麻酔液注入時に抵抗があれば期待できる。そのまま、ゆっくり時間をかけて麻酔液を注射する。

ことに尽きるかもしれません。しかし、時間と疲労がかかることは覚悟を決めなくてはなりません。電動注射器があると良いと思います。私は使用していないので、浸麻が続くと腕が疲れてしまいます。なお、急性炎症がある時は本当に効きにくいですね。悩みの種です。


ご参考になれば嬉しいです。
Posted by ぎゅんた at 2015年05月08日 08:53
伝麻は通法どうりやっているつもりですが
ずっと浸麻でやってきましたが,再び伝麻を
有効利用しようと思い、今年からまた時々利用していますが、ちゃんと効いたという手応えがなく,舌はしびれているが,口唇は少し・・とか昨日は何処もしびれないようでどうなっているんだかよく分からないことが多くて。
Posted by どりとる at 2015年05月09日 08:33
どりとる先生。コメントをありがとうございます。


下顎孔伝達麻酔を効かせるコツがあるとすれば、

1.針先が翼突下顎隙に達している
2.麻酔液の注入をできる限りゆっくり行う

ことかなと存じます。

針は伝達麻酔用の31mmのロングタイプ、
液はオーラ注1.8mLを使用しています。


伝達麻酔といえども、実態は浸潤麻酔の側面が大きいので、下顎孔に針をダイレクトにぶち当てることは必ずしも必要ではないと思います。舌は痺れているが口唇の麻痺が弱い場合は、針先が下顎孔に対して位置が下だった初見ですね。刺入部位を上の方にすると良いと思います。

その際の液の注入際して。隙に注入することから抵抗なく行えるのですけれども、それに逆らって、あえてゆっくり行う方が結果的によく奏功する気がします。そして、最低でも2分は待ちます。お試しください。
Posted by ぎゅんた at 2015年05月10日 09:32
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