12月迎えて数日が経過したある日、私はPEEK冠と出会った。歯科技工所の営業の人に、「このたび保険導入されて7番にも金属アレルギーに限定されず白い冠が入ることになりましたが〜」とあたかも周知の事実のように話を振られたのだ。
知らねえよしゃぶれよ
と言いそうになりましたが、歯科医師は専門職として貴賓ある振る舞いが求められる厄介な人種でありますから「詳しくは理解していないので教えて下さい」と述べるにとどめた。
PEEK冠は、要は「保険で大臼歯に入る白い冠」である。白い冠といえど、我々が慣れ親しんでいるセラミックやCAD/CAMのそれとは見た目が異なり「見た目的に死んだようなアイボリー」なのだという。いやそれどんな冠なんだよ?と興味が湧いた次第。研修医の時分、研修先の協力型施設のチェアサイドで散々に作りまくった即重TEKみたいな外観なのだろうか?丁寧に研磨してレジンポリを走らせる案外に綺麗な見た目に仕上がった覚えがある。
訊けば「それより酷いかも」というから、いよいよ凄そうであります。古びて黄ばんだファミコンみてーな色なのでしょうか?私の気は昂った。
しかし年内は供給が不可能だという。初期オーダーが多すぎてガス欠起こしたらしい。いまんとこ松風のPEEK冠用ブロックしかないそうな。
代わりに、でもないが接着時の注意として松風の接着性レジンセメントとPEEK冠内面専用プライマーの使用遵守に説明を受けた。松風製品の囲い込みだあっと思わないでもないが、こと接着に関しては同社の製品で揃えるというのは暗黙の了解なところもあるので当然の説明ではある。松風も商売が上手になったものである(褒)。
さてこのPEEK冠の存在に興奮した私は矢も盾もたまらず知り合いや友人の先生に「聞いて聞いて〜7番の歯に新しく保険で白い冠が入れられるんだって〜」というようなメッセージを送信した。とまれ反応は冷めた感じであった。期待も歓迎もしていない心理が読み取れた。そもそもCAD/CAM冠の適応を7番まで伸ばせばいいだけの話ではないのか?言われてみればそうである。
とまれ、歯科の新技術を保険導入してみるというのは悪いことではない。抗破折性が高いとか、なんらかの歯科理工的な理由もあるのだろう。ノンメタル修復は国民からの希望もあるし、価格が不安定で高騰している金パラの使用比率を下げていきたいのだろうという保険者側の狙いもありそうだ。臨床成績が良いのなら、全歯でPEEK冠OKという保険でノンメタルな路線に踏み切ることだってできよう。
今のところ、PEEK冠についての評価は仄聞もないし私も判断のしようがない。
チタン冠のように保険導入されたはいいが臨床医からの評価が芳しくない(?)という結末になるかもしれないし、脱離も破折も有意に少ない優れた性能を発揮するかもしれない。
ひとまず、急に保険から外されることはないだろう。少なくとも「選択肢の一つとして」存在が残るのは悪いことではない。
『チーズはどこへ消えた?』でもないが、冒険を十分に味わって新しいチーズの味を楽しむべきであろう。PEEK冠が、あなたに発見されるのを待っている新しいチーズかもしれない。
とりあえず適応症例の機会に恵まれたのなら試してみたいところだ。
※大臼歯に硬質レジンブロックをデジタルに削り出して拵えた冠が、果たして口腔内の咬合関係を長期的に安定保持してくれるのだろうか?という、導入時に私が抱いた一抹の不安は、いまだに払拭されてはいない。咬合の要である大臼歯の歯冠補綴は、やはり金属に適うものはなく、わけてもゴールド冠が最良の選択ではないか、と私は考えている。キャストクラウンは「出涸らしの技術」であれ、なんだかんだこれからも通用する信頼性があったりするものだ。
ラベル:PEEK冠