2021年09月23日
「血液サラサラの薬」に潜む罠〜要注意はワルファリンだけにあらず
抜歯をはじめとする観血的処置に際して、患者さんの基礎疾患の確認が重要であることはいうまでもない。
患者さんの方もその辺は心得ていて、問診票なり医療面接の時点で、ご自身が内服されている薬については理解されている範囲で教えてくれるのが常である。我々は、その情報を漏らさぬよう拾い、患者さんの申されている内容に間違いのないことを確認する必要がある。
歯科で重要なのは、過去の治療や投薬にまつわるアレルギーや偶発症の既往、内科的情報の確認であろうが、最も身近な項目が抗血栓療法の投薬の有無であろう。即ち、抗血小板療法および抗凝固療法における服用薬の確認である。地域性もあるとは思うが、当院では抗血小板療法としてバイアスピリンを服用されている患者さんが多く、抗凝固療法としてワルファリンを服用されている患者さんは稀である。たいていは抗血小板療法の加療中をさして「血液サラサラの薬を飲んでます」とおっしゃるのである。私もそれに倣って、服用薬剤の確認の折に「血液サラサラんなる薬とか飲んでおられん?」というフレーズで医療面接を進めることが多くなっていた。果たして、そこで私は落とし穴を踏んでしまった。
簡単に言うと、患者さんが服用されている「血液サラサラの薬」の正体を抗凝固薬ではなく、抗血小板薬と誤認して抜歯してしまったのである。問診票にはプラザキサの服用あり、となっていながら、私自身の勝手な勘違いで手を進めてしまったのだ。結果、抜歯後の止血に難儀して冷や汗をかいた、と言うわけである。
自戒を込めて記述する。
歯科の抜歯に際しては、抗血小板薬を服用されている患者であれば、抜歯はそう問題は生じない。服用の中止も必要ない。他に基礎疾患が重なっていれば主治医への照会が要されることもあろうが、抗血小板薬を服用していることを理由に抜歯ができない(しない)という単純な話にはならない。
問題なのは先述のプラザキサのような抗凝固薬を服用されている患者である。プラザキサは抗血小板薬ではない。ワルファリンと同じような、血液凝固因子に働きかけ血液凝固を阻害する薬剤の仲間だ。これを知っていれば「えっヤバくね?」と思わなくてはならない。抗血小板薬を服用している場合と抗凝固薬を服用している場合の、少なくとも抜歯後の出血の様相が異なることは歯科医師であれば誰でも知っているからである。
最近のあのキチ◯イ難易度の国家試験を突破された先生方からは嘲笑されるであろうが、私はこの辺りの知識の整合が崩れていたのである。学生時代に詰め込んだ知識が腑抜けになってしまっているのだ。そして、頭を働かせず流れ作業のような臨床をしているから「血液サラサラ=抜歯してもダイジョーブ」と早合点してしまうのである。
血液凝固薬を服用されている患者の場合、抜歯後の止血は一筋縄ではいかない。それはトロンビンからのフィブリン網形成といった極めて重要な二次止血が阻害されるのだから当然なのだ。恐ろしいのは、圧迫止血をし続けても止血効果が得られないことである(実際は得られるけど、時間がかかりすぎる)。だから、止血剤を併用しなくてはならない。
ハハー、ほんならスポンゼルでええがな、とお考えの先生もおられるかもしれないが、残念ながらスポンゼルは二次止血の効果を担ったり誘導したりはしない。スポンゼルは、ただ水分で膨張して物理的な圧迫効果を発現するだけで、一次止血をサポートする程度のものだ。従って、抗凝固薬服用患者の抜歯後の止血に難儀してスポンゼルを抜歯窩に補填しても目立った止血効果は得られない。必要なのは、フィブリン網の形成を促進させるタイプの止血剤で、商品名でいえばサージセルが該当する。これを使用して、ようやく一定の止血効果が発揮される。
さて、プラザキサ服用患者を抗血小板薬服用と勘違いして抜歯した私は、止血不良に気付いた。普通なら、抜歯窩の圧迫によってとうに止血が確認できているはずだからである。抜歯後の止血不良は、概ね不良肉芽の取り残しか、抜歯窩への圧迫が適切でなかったか、若しくはその両方が原因である。不良肉芽があるなら、浸麻の奏功が切れていないうちに再搔爬すればいいし、圧迫が適切でないなら、噛ませるガーゼの形態を調整すれば良い。
しかしこの時の血餅にはマットな表情が不完全で、文字通り「止血されていない」というべき状態であった。この時初めて、私の鈍い頭は、抗凝固薬の服用の事実を抗血小板薬の服用と誤認していたことに気づいた。
過去に、ワルファリン服用患者の抜歯後の止血でテルプラグの挿入と縫合+圧迫で止血しているのを見学したケースを思い出して、私は止血剤を使用することにした。
テラテラと新鮮血の滲む抜歯窩-幼若血餅の上に『パイテック・デンタル』を貼り付けた。
これは血液の水分を吸収するや否やノリのように張り付いて止血作用を発揮するものである。スポンゼルとは異なり、二次止血様の止血作用が得られる。これにより、ジワジワとした出血は幸いにも止んでくれた。案外に素直に止血できたので、抗凝固薬を服用していたにしては出血傾向は強くなかったように思えたが、いずれにせよ運が良かったのである。
ひとまず、医療面接で患者さんが「血液サラサラの薬を〜」と述べた場合には、薬剤の種類を必ず確認するようにしたい。
また、止血剤の用意も忘れないようにしたい。出血が止まらない恐怖は、日常の歯科臨床に潜むエアポケットのようなものだ。
以下に注意すべき抗凝固薬をあげておこう。
経口抗凝固薬 ワルファリン(ワルファリンカリウム)
直接経口抗凝固薬 プラザキサ(ダビガトラン)、イグザレルト(リバーロキサバン)、エリキュース(アピキサバン)、リクシアナ(エドキサバン)。
止血剤はテルプラグとサージセルが代表的であるが、テルプラグは効果抜群で使いやすいものの保険適応ではないことに注意したい。なお、サージセルは一回使い切りで「サージセル1.3×5.1p92点」が算定できる。パイテック・デンタルは保険で使用できたはずだが、点数の算定はない(と思う)。
ワルファリンを服用されている患者さんは、PT-INRが3以下であることを確認しての抜歯となるが、直接経口抗凝固薬(DOAC)を服用されている患者さんの場合は、PT-INRのようなモニタリング値がない。服用の中断もなく抜歯せざるを得ないのが実情。
なお、ワルファリンに関しては、学生時代に『血栓の話(中公新書)』を読んだ折、牛の自然出血とダイクマロール発見のエピソードに知的な興奮を覚えた思い出がある。血液学の面白さを知る上で有効な書だと思うので、血液の生理とか病理とか苦手だな〜と感じておられる人はご一読をオススメする。
2021年09月10日
嵌合メタルコアの除去には超音波振動!ってマジすか
研修医の時分から今に至るも、結局のところ謎のまま納得できないままでいるのが「メタルコアに超音波振動を当ててセメントラインを破壊して除去する」テクニックである。商業誌や成書に、そのような記載があったから私は「そんな楽なことはねえぜありがてェ〜」とすぐに導入したが、メタルコアになんぼ振動を当ててもピクリともせず絶句したことを覚えている。以来、「超音波振動を当てること」でメタルコアを除去できたことはない。自分の手法が間違っているのか、あくまで除去の際の、補助的に作用させる程度のテクニックなのか?
根管内に破折したファイル片はエンドチップ+超音波振動で除去できていたので納得もできるが、メタルコアに関しては、今に至るも納得できていない。適切な操作で合着用セメントで嵌合されたメタルコアは、そもそも「絶対に脱落せず機能し続けること」を命題に適応されているはずで、そう簡単に除去できるものではないであろう。セメントラインを破壊すれば、コア試適時のように緩みがある状態になるから容易に除去ができそうに思えるが、そもそも、セメントラインの破壊を超音波振動で本当に破壊できるものかどうか確信が持てないでいる。コア除去用チップ+無注水ハイパワーで達成できるのだろうか?コアが嵌合された抜去歯牙で試して除去できなかった覚えがある。その結果は間違いで、確かにできるのなら嬉しいが…
セメントラインを破壊することでコアを緩ませて一塊で除去できる快感は魅力的であったが、それを高い確率で実現できるようになるのは、コア除去鉗子やオートセーフリムーバーのような頼りになる器具を知ってからのことだ。
目下、私はメタルコアの除去は、コア除去鉗子とオートセーフリムーバーに依存している。控えめなサイズのメタルコアであれば、支台歯の歯質とコアの境界のセメントラインに一文字の削合を入れてマイナスドライバー様のスリッターを挿入してテコ作用で除去している。
エンドの好きな先生は再根管治療(保険用語でいう感染根管治療)にも果敢に立ち向かわれる姿勢をお持ちであろうから、畢竟、メタルコアの除去に関して有効かつ秘蔵のテクニックを持っていそうな気がする。
私は除去に関しては苦手でもないが得意でもない(除去の場面ではとても緊張する)から、オススメの器具を紹介することぐらいしかできないのが情けないところだ。