握力のない私は、付着歯肉に局所麻酔液を注入する際に息が上がるほどの疲労を覚えたりします。浸潤麻酔(以下、浸麻)の際の局所麻酔液は、抵抗がなくて麻酔液の注入が容易な部位に注射しても、肝心の麻酔効果は「散って」しまって、結局は奏功不良になってしまうもの。注入時に抵抗がガッツリある場合は、浸麻液がゆっくりと強固な組織内に浸透することで適度適切な局所麻酔効果が発現するものです。これは下顎大臼歯部でことにわかりやすい。浸麻は、術者が楽をすると肝心なところで効いてくれないのであります。
とはいえ、付着歯肉への注射にせよ歯根膜の注射にせよ、術者はプランジャーに圧を加え続けることになります。逞しい先生はまだしも、私のような貧弱インドア豚にはこれがシンドイ。一人二人ならまだしも、しばしば臨床で起こりうる「続くときは続く」現象によって浸麻が連続する場面ともなれば、疲労がこたえて涙目。
そんなわけで、麻酔用の電動注射器は以前から関心があるアイテムでした。
この度ようやく『アネジェクトU(日本歯科薬品)』を購入したので、今回はそれに関する浸麻の記事を書いてみようと思い立った次第。
浸麻と私
思い起こせば研修医やペーペー駆け出し歯医者の頃、カートリエースやオーラスターが診療室には備わっていたが「お前にはまだ早い」と上級医に諭され、私はもっぱら 手用注射器を使っていたものであった。
これは「悪いなのび太。この注射器は」理論ではなく、まず手用注射器で及第点の浸麻ができるようになることが先決であり、そこから効かせるための考察を行い、無用な痛みを与えることのない、患者の安全のための浸潤麻酔を体得することを促していたのである。
私の母校の歯科麻酔科は、いまは分からないが当時はかなりのスパルタ教室であった。当院実習で歯科麻酔科のローテになる週を皆、戦々恐々としていた。私も例外ではない。胃を痛くした。しんと静まり返った大教室でアドレナリンとエピネフリンの違いやα作用β作用について口頭試問を受け、答えを間違って大声で罵倒されたりもした。ローテの期間、我々は歯科麻酔科にコッテリと絞られる続けた。歯科麻酔科は、患者さんの安全に直結してくる最前線の臨床分野であったから、厳しいのは当然のことなのであった。少なくとも私は、どれほど臨床経験を積み重ねていこうとも、歯科麻酔に関しては生涯、徒や疎かにできない気持ちがあり続けると思う。これは母校の歯科麻酔科の薫陶の賜物と言って良いだろう。
そんなわけで、歯科麻酔に関しては、いつも特別な思いがある。ことに「痛くない局所麻酔」を施すことで歯科治療を安全・安心に遂行することは、市井の開業医に求められた大いなる課題である。
痛くない麻酔の実現のために電動注射器?
電動注射器が、痛くない局所麻酔に直結することはないと私は思う。電動注射器が麻酔時の痛みの減少に有効なのは、低速度での麻酔液注入しか期待できず、注射針の刺入時の痛みは変わらない。浸麻における最大の懸念は、やはり注射針刺入時の痛みの存在だからである。
されども「よく効く麻酔」のためには有効な器具であると思う。一定の速度で麻酔液の漏れを防ぎつつ組織内に麻酔液を注入しやすく、また、術者の疲労軽減によって「このぐらいで、もう、いいだろう…」的注入量不足を回避できるからだ。注射後に痛みを感じにくい麻酔(「よく効く麻酔」)のためには、確実に貢献してくれる器具ではないだろうか。
注射針刺入時の痛みを可及的に小さくするにはどうしたら良いか?は成書に様々に記載がある。
基本的には、表面麻酔を併用してよく切れる細い針を用いることだと思うし、その通りだと思う。
以下に、現時点の私が行なっている方法と知りうる考えを述べておきたい。
1.表面麻酔
シール型のものを切って使用(『ペンレステープ18mg』および『リドカインテープ18mg』)。
貼る部分は、当然、最初の刺入点になるが、ターゲットは齦境移行部である。最も重要なのは、貼る前に粘膜をエアでキンキンに乾燥させて間髪入れずに貼りつけることである。
貼り付けたら、その上にロールワッテを載せて固定するようにして、できれば1分待つ。待てば待つほど良い結果が得られるハズだが、流れてくる唾液や口腔内の湿気で濡れてしまうので限度がある。せっかちな先生なら30秒でも良いだろう。粘膜の乾燥が得られた状態でズレずに貼られ続けていたなら、たとえ30秒でも表面麻酔効果が得られている。
2.よく切れる細い針
細い方が刺入時の痛みは小さい、ということで33Gのものを使用。
「よく切れる」はメーカーの技術力を信じるしかない。当たり前だがディスポである。
3.注射針刺入時の具体的な手法
ロールワッテを指で外側に押しながら、表面麻酔のテープをピンセットで引きぬき、テープが貼られていた箇所をエアで乾燥させる。この状態のとき、齦境移行部はロールワッテを指で押していることから粘膜が伸展してテンションがかかっているはずだ。そのまま、ロールワッテを遠心方向にずらすように押し、注射針をそっと粘膜の上に乗せ(まだ刺入していない)、ロールワッテ加えていた圧を解放することで、粘膜が本来の位置に戻るように移動させると同時に、その動きによって針が粘膜に刺入されるようにする。こうすると痛みが少ないようである。
そのまま針が抜けないように粘膜下に局所麻酔液注入していく。カエルの腹様に膨らむはずだが、まずそれでよいのである。0.2mlほど注入したらうがいのために起こす。しばらく休んでもらい、バイタルの確認を行う。
そのうち、刺入部周囲に「広く浅く」浸麻が奏功し始めるので、次の「本命の注射」の刺入の際の痛みをブロックできるようになる。付着歯肉への刺〜傍骨膜注射になるが、いまこそ電動注射器の出番である。
電動注射器の選定
アネジェクトU以外にも、オーラスター、ワンド、カートリエースなど様々に存在するが、私は刺入時の針先のコントローラブルをペングリップに求める向きがあり、総合的に判断してアネジェクトUが最も手に馴染んだ。気の抜けた電子音楽が流れるあたりも悪くない(不要ならOFFにできる)。
最初の刺入時の局所麻酔液の注入時にはHigh(H)を、それ以降の「本命」の場面では「Medium(M)」の速度を選択している。
アネジェクトUは良い電動注射器だと思うので、興味のある先生はデモ機を借りて使い勝手を確かめると良いだろう。
その他
・刺入部位となる粘膜面は必ず清拭しておくこと
・針が細いほど、術後の刺入点の化膿や壊死が生じやすくなる気がする
・なんだかんだで、刺入時の針先が最もコントローラブルなのは手用注射器です