2017年10月31日
メタボンの研磨にこのポイント!という決め手がない悲劇
うちのようなヘボ歯科医院でも、たまに陶材焼付鋳造冠(以下、メタボン)がでたりします。
小臼歯に保健のハイブリッドCAD/CAM冠や硬質レジンジャケット冠を提供できるようになってから自費冠(の症例数)が減ったにせよ、「コンサバなセラミック冠」の需要が失われたわけではありません。大臼歯部の補綴は、保険で提供できる金パラ冠鋳造冠が多いのですけれども、メタボンを選ぶ患者さんもでてくるわけです※。
「これからは完全メタルフリーの時代ですから、ジルコニア冠を使用する頻度が上がりますよ!セレック買え!他院との差別化のために集客にメタルフリーを打ち出せ!」と鼻息の荒いセールストークをぶつけてきたのは技工所とコンサルに過ぎませんでした。とりあえず(他の医院では別なのかもしれませんが)当院では当てはまりません。自費冠の主体はメタボンのままです。電鋳クラウンとか温かみがあって好き。
Porcelain Adjustment KIT(Shofu)
ところで咬合調整したメタボンは、その切削したセラミック面に研磨をかけなくてはなりませんね。
専用の研磨用ポイントが必要になりますが、なにを用いましょうか?
ひとまず私は学生時代にメタボン実習で用いたものを変わらず使用しています。今は扱っていないようですが、松風のポーセレンアジャストメントキットがそれです。ホワイトポイントと、荒さが三段階に異なるシリコンポイントから成ります。シリコンポイントにはダイヤモンド粒子が含まれているようで、弱いながら艶が出ます。いつもこれを用いていますが、満足のいく研磨状態が得られるかといえば少し心もとないところがあります。艶は出るのですが、技工所から納品された直後にみられる、ボディビルダーの筋肉を照らすようなテカテカさが得られないからです。
お世話になっている技工所さんにメタボンの研磨になにをどう使っているのかを聞いたところ、いえそれは様々で…とちょい言葉を濁した返答。優れた研磨は優れた技術ですから、あまり他言したくないのかもしれません。材料よりも使い方だろがボケ!と遠回しに伝えてくれているような気もします。
目下、使用中のポーセレンアジャストメントキットは、卒業時に級友から「いらんからお前にやる」とプレゼントされた新品同様品があと2つあります。潤沢な在庫。死ぬまでに使い切ることは困難です。
思えば、学生時代にあんなに粗雑に扱っていた「材料たち」は、歯科医師になって働き始めてからこそ分かる価格的価値に満ち溢れていました。いま歯学部の学生諸君は、購入した器具や材料を後生大事にすることを強くオススメします。なんだかんだ、後で役に立つものが含まれているからです。窃盗と転売はダメだぞ。
※
一方、前歯部で自費を選ぶ患者さんがあまりいません。「保険でイイデス」と即答されることが多いです。過去の「前歯は保険が利きませんヨ」の歯科医側のセールストークの流布、と「保険で前歯に白い歯が入れられる」という認識が患者さんたちの意識を支配していることが理由ではないかと考えたことがあります。しかしそれは誤りで、「前歯を補綴しなくてはならないほど状態に陥ってしまったのは、審美性をさして求めなくなった高齢者か口腔内への意識が極めて低い若年者であることが多いので、結果として保険治療が選ばれる」のが正解のようです。多分。
「保険で白い歯」は素晴らしいことですが、フェルールが確保されている支台歯にファイバーポストコアを建て、「硬質レジンジャケット冠」を選択しなくてはならないでしょう。硬質レジン前装冠の審美性はさして高いものではないからです(自分の前歯部の補綴にこれを選択する歯科医師や歯科衛生士はいないのでは?)。
しかし硬質レジンジャケット冠を選択すると、金パラは使用しなくてすむものの、支台歯形成時の点数と冠の点数が大幅に下がります。実質的に、前歯部の補綴に硬質レジンジャケット冠を選択する歯科医師はあまりいないと思います。CRインレーと同じで「やるな」と宣言されている点数が癪に触るからであります。
タダ働きではないが、さしたる益のない種の診療は歯科医師のパフォーマンスに少なくない影響を与えます。「院長は自費の治療はビシッとやるくせに保険診療は手抜きばかり」などと院内スタッフが陰口を叩くあの実態は、歯科医師の人格が不良なのではなく、正当な評価をされる状態で治療にあたっているかそうでないかの違いを意味しております。とはいえ「現金なヤツ」には違いありませんから、そうならないよう律し努めているのが保険を主体とした開業医であります。いやはや、次回の保険改定が怖い。
2017年10月15日
歯科医が所有する専門書の行方は
断捨離という言葉が流行して久しいが、現代語然としているところをみるに世間に受け入れられた概念とみることができる。コトバンクには「モノへの執着を捨て不要なモノを減らすことにより、生活の質の向上・心の平穏・運気向上などを得ようとする考え方のこと」とある。
収集の対象物でもないのに、案外に人は色々なものをパーソナルスペースに溜め込んでしまう習性があるようだ。「思い切って捨ててみる」ことは、思いもがけない幸福に直結することがある。自らが溜め込んでしまうことが、肉体や精神を気づかない間に拘束しているのである。ストレスだといえる。
『捨てる旅 精神科医の[蒸発]ノートから』(中沢正夫・著)のプロローグに、ストレスに対処する最良の方法とは、
「時々、日常性をブレークすること」、そして、「現場から物理的に離れるころ」である。離れることによって自分が見えてくる。自分と職場との関係、自分の価値観は今、どこで、何とぶつかって圧迫されているのか・・・・・・などが見えてくる。こうして人は、再び、自分を取り戻し歩き始めることができるのである。
と記述されている。そして、「現場を離れる最良の方法が「旅に出ること」であるのはいうまでもない。」と続く。
断捨離は旅ではないが、所有物と物理的に離れる意味では同じであろう。そして、捨てることで何かが見えてくることが期待できる。ものを捨てることでストレスに対処する概念といえよう。
我々歯科医は、どの年代の先生もそうであろうが、「歯科医は医療人であり、生涯にわたって学び続けなくてはならない職業だゾ」と繰り返し言われてきた。学ぶ姿勢を失ったら、現場を退かなくてはならないとも。生涯にわたって学び続けよ、とは、格好良く言えば職業人として研鑽を積み続けることである。これは日々の臨床に真摯に向かい合い、常にフィードバックすることで専門家としての能力向上に邁進することであり、知りえておくべき知識のアップデート、新たな治療技術の導入、勉強会への出席なども含まれる。そして、専門書の購入も該当する。歯科医は(これからは分からないけれども)結局のところは開業医として、地域社会の口腔の健康に寄与する存在となる。学術第一線の大学から距離を置くことになるのが普通であり、知識のアップデートは、基本的には専門書に頼る側面を持ち合わせる。興味のある分野の勉強会やセミナーがあっても、日程や金銭的な制約があるから、どれでも好きに参加できるものではない。専門書を通して学ぶ姿勢は残っている。学生時代の教科書であっても、いま読み返してみると利益があるものだ。
専門書は書物であり食べ物でないから、手放さない限り手元に残り続ける。大きく、重く、かさばるものが多いから、次第に書架を圧迫しはじめる。「書痴」という言葉が在るように、書物は、購入することと所有することに快感を伴う。壁一面が書架になるよう改築したり、書物の重さで床が抜けたという話もきく。そこまでいかないまでも、気づいたら際限なく本が増えていた、という人は多い。
専門書を買い漁っている歯科医師は少数派であろうけれど、専門書を全く購入しない不勉強な歯科医師もまた少数派である。多かれ少なかれ、歯科医師は多数の専門書を所有しているし、いってみれば少なくない費用を勉強のために投資してきたことを意味する。その一方で、気に入らない本(けれども、手元に置いてある)やいずれ読むつもりで購入した「積読」本の存在に気がついている。
手元に残しておきたい本は良いのである。残しておく必要がないと判断している本をどうするかが課題なのだ。まかりなりにも専門書だから、廃品回収に出すのは心情的に憚られる。さりとてブッ◯オフに持っていっても「値段はつきませんがこちらで処分しておきますか?」の悲劇査定は必定。漠然と他人にプレゼントしたところで、本というのは読む気がなければ決して紐を解かないものだから、読まれないまま放置されるのが関の山。理想的なのは、明確に欲っする気持ちをもつ先生と譲渡し合うことであろう。こうしたオープンな親交を私は無駄がなくて好ましく思うが、歯科医の業界ではどうもご法度のようで杳として知れない。
結局、書架の肥やし及びインテリアの役目を果たすか、埃を被ったまま放置されるか、なんとなく廃品回収で捨てられるか、小銭程度にでもなればと専門書買取専門の業者に送るか、ネットオークションに出品するかの運命を辿るのである。勿論、今は内容が理解できないだけで、自分が成長すれば、内容を理解できるようになる(手元に残したい本に昇格する)可能性もあるのだが、どう考えてもそうなりそうもない本は除外される。
思えば、専門書は歯科ディーラーさんの「努力」でディスカウントされない。情報量に対して「安い」場合がほとんどであるが、そうでない場合もある。購入したからには責任をもって有効に活用したいものだが、人間関係と同じで波長が合わない本もある。そうした自分にとって「いらない子」でも、他人にとっては「欲しい子」だったりする。本は、可愛がってくれる持ち主の手元にあり続けることが望ましいと思う。
私の手元にある「いらない子」たちはどうするべきであろうか。現実的には専門書買取専門業者の手に委ねるべきであろう。けれども、見積もりやらなにやらが面倒で頓挫したままである。もっと私が能動的であればネットオークション等に出品して欲しい先生にお譲りしているだろうが、気分的に自分可愛さの億劫さが先にたつのでできそうもない。母校の図書館に寄贈という名の押し付けをするべきだろうか。
2017年10月09日
新品の、よく切れるスチールラウンドバーで軟化象牙質を駆逐してやろう
用心棒のことを英語でバウンサーと言いますが、歯医者の用心棒ならぬ相棒はスチールのラウンドバーではないかと私なんかは思うわけです。
歯科治療は感染源を除去する外科的な側面があり、歯牙に限定すれば軟化象牙質が相当します。エンドは、生体の治癒力が期待できない根管内を舞台とした治療であり、やはり、感染源の除去が求められます。通常の虫歯の処置と違い、見えないところで、象牙細管の存在する(細菌たちにとっては隠れ家パラダイスである)領域から炎症を起因する存在を除去していくことになります。そして、そのプロセスの前に不可欠であるのが、入り口である歯冠部の軟化象牙質の徹底除去です。
こうした時、頼りになるのはスチールラウンドバーではないかと思います。注水下で軟化象牙質を切るようにモリモリと除去していく頼もしさは、臨床歴が長くなればなるほどに高まっている気がいたします。エアタービンや5倍速を用いても構わない向きがありますが、どうも小回りが利かないというか神経質で疲れるというか不本意な切削をしてしまうというか、私が求める操作と相性が悪いところがあります。スプーンエキスカは小回りが利きますが、イマイチ能率的とは言い難い。
大学院生で臨床が駄目駄目駄目星人のペーペー(死語)だった時分、バイト先の院長に「う蝕検知液やらラウンドバー、スプンエキスカなんぞ時間の無駄だから使うな。エアタービン越しの感覚で軟化象牙質の除去を認識しろ」と教わったことがありました。これは乱暴なようですが、しかしまあ、当然のことなのです。いないよりはマシかもしれない素人に毛が生えたバイト医にチンタラやられてはたまったものではありませんから、ハッパをかける意味もあったでしょうし、市井の開業医にとって処置は短時間に手際よく終えていかなくてはならないからです。その歯科医院は日曜診療をされておりまして「とにかく手が足らないから誰かきてちょうだい」的求人であり、あまつさえ隣の医局から私の在籍していた医局に壁を超えてオファーが来ていたのでした。その結果、私なんぞがいくことになってさぞ迷惑であったことでしょう。いま思い出しても恥ずかしいというか黒歴史というか、北海道に行ったらお詫び行脚に訪れなくてはならない歯科医院リスト上位にランクインしています。
目下、軟化象牙質除去に際して 、スプンエキスカとう蝕検知液は使用したりしなかったりするのの、ラウンドバーは必ず用いています。エアタービンは、外科医がメスを迷いなく一気に入れるような格好いいイメージで齲窩の開拡時にザッと使用してほぼ終わりです。すぐにラウンドバーに持ち替えて軟化象牙質徹底追及に切り替えます。ラウンドバーはすぐに切れなくなりますから、新品か準新品を用います。切れないラウンドバーを使用するのは時間の無駄だからです。
軟化象牙質除去だけでなく、目についた縁下歯石を弾き飛ばすように除去することもできます。根管治療のために修復物を除去して軟化象牙質を除去している際に、マージン部や縁下根面に歯石の存在を認めることがあります。Er:Yagレーザーやスケーラー類を使用しての除去が丁寧ですが、量が少ないなら、ラウンドバーでそのまま除去することは構わないでしょう。吹っ飛ばすように除去できて綺麗な根面象牙質が見えると快感です。
エンドの領域では髄腔内の整理の際に無類の力を発揮します。根管治療の際の軟化象牙質除去は、いってみれば無菌的治療のための作業場作りであります。作業場なのに、そこに軟化象牙質があっては(しばしば、見逃しがちなのですが)台無しになってしまいます。根管にファイルを挿入する前に、徹底して「入り口エリア」の軟化象牙質を徹底除去し、ヒポクロで綺麗にすることを心がけると良いと思われます。根管を前にした歯科医は矢も盾もたまらずファイルを挿入したくなる病を患っています(偏見)が、まずこの病を治すことが良質な根管治療を約束します。「作業場」を綺麗な象牙質に囲まれた場所にすることが肝要ですし、スチールラウンドバーはとてもハンディです。
2017年10月03日
【オーラルID】口腔がん早期発見セミナー【株式会社NDC】
購入して独学だけで使用し続けるのもアレなので公式セミナーに参加してきました。
世界に誇る大都会は東京の八重洲です。北陸新幹線で一発アクセスができるのはとてもありがたいことです。移動時間の大部分を読書に充てられるのでお気楽この上ありません。しかしハンカチも持たない鼻垂らした田舎のおっさんにとって都会は人が多すぎて気圧されっぱなしで道の隅をコソコソ歩くネズミみたいな存在で、逃げこむように入ったセブンイレブンの店員さんが中国人のねーちゃんで片言会話にドキドキさせられたりと気が休まることがないのが泣き所。東京駅とかダンジョンです。頭おかしい。
そんなことはどうでもよくて、オーラルIDは感度が高く特異度が低く、口腔がんのスクリーニング機器としてバランスよく仕上がっている機器であることが分かり、また、口腔外科医がどのように用いて診査しているかを学べました。やはりこういうのは、独学だけでは知り得ない知見ですから参加して良かったと思います。NDCの担当者に懇願してA4サイズのビラもいただきました。ぜいたくを言えばリーフレット形式の方がコンパクトで洒落てますし、歯科医師も馴染みがある媒体ですから扱いやすいのですがないものは仕方がありません。今後、作成されるかどうかはわかりません。
液状細胞診
さてオーラルIDを導入して、「や、これは怪しい!?」粘膜病変と遭遇した場合には、液状細胞診を行える体制も整備されています(有料)。気になるのは、もし液状細胞診を行なって扁平上皮癌だという病理診断が下された時に治療までできる開業医は残念ながらまずいないと思われることです。こうなると最初から、信頼できる口腔外科医に紹介する方が早くて確実な結果につながるのではないかと考えてしまうわけで、液状細胞診の使い所は少し難しい気がいたします。
ところで、開業医が液状細胞診を行うことには保険点数の評価があります。
細胞診(穿刺吸引細胞診/体腔洗浄等):190点
口腔病理学判断料:150点 ←病理診断を担当する歯科医師が勤務していないから「診断料」ではなく「判断料」
幸いにして赤字にはならないのはうれしい限りです。
液状細胞診は、患者さんと強固なラポールがあり、細胞診を行うことを理解・希望された患者さんに限定して行われるべきかなと勝手ながら考えます。
ウーム果たして当院で実施される日はくるのだろうか。
ラベル:Oral ID