2017年06月26日

手には相性の良いグローブを


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子どもの頃、誰しもが夢想したことであろうカテゴリが「パワーアップグッズの装着」である。靴でも、時計でも、スーツでも、なんらかのガジェットを装着するとパワーアップできるアレだ。すごいパワーが出たり、潜在能力が100%発揮されたり、無敵になったり……現実の娯楽は尽くるとも、世に夢想のネタは尽きまじ。

大人になったらそんなものはないことを悟るわけであるが、さりとて、仕事の効率をサポートしてくれたり、特定の作業において無類のパフォーマンスを発揮するアイテムは存在するものだ。もっとも、これは仕事に限らず、趣味や遊びの舞台でも同じことが言える。使い勝手が良く望む結果を導いてくれる相棒のような道具を、我々は求めるのである。であるからこそ、様々なツールが、どの分野においても豊富にラインナップされているのである。人間は相性の良い道具探し明け暮れるものだ


最近、こうした気持ちを強く意識されられた診療用グローブがある。ここでも書いたが、FEEDのベーシックグローブ(パウダーなし)である。装着してエンドをすると上手になった気がする。少なくとも私にとって、とてても相性が良いグローブだ。

世間には安いものから高いものまで、様々な診療用グローブが存在するが、私はコスト管理に明け暮れる開業医の宿命もあって「安いやつ」を安けりゃいいの精神で使っていたのである(だって使い捨てなんですもの)。

高いグローブは、あれは自費診療をされる先生が、そのゴッドハンドっぷりを妨げることのない上質さを備えた一流品であり、装着するグローブに多くを求める先生用なのであろうと考えていた。一方で、値段が高めのグローブを使うと、診療が捗るのだろうかとも考えていた。

このFEEDのベーシック・グローブは、さして高級な類のプライスではない。むしろ安めの部類だろう。「新発売だよ!お試し100円セール」のチラシを見て、何気なく購入したに過ぎなかった。結果、格段に使用感が良いことに驚き、喜んだのであった。

世の中には、このグローブよりも私を歓喜させるグローブがあることだろう。値段さえ目を瞑れば試し放題なので、いつかは探し当てられるものと思われる。しかし、それを探し求めるほどの熱意は私にはない。「もうこれでええわ」の精神である。妥協といえばそれまでだが、しばしこのグローブの世話になろうと思う。満足しているのである。

なお、ベーシックに対してハイグレードも存在する。値段分の良さが上乗せされた出来になっている。難しめの抜歯処置や外科的挺出、フラップなど、ちょっと特別な外科処置用にしてある。
ガウンとか手術着とか装着すると意識が変わって気分が引き締まるものだが、そんな感じ。
 

2017年06月17日

SEC1-0は、「開かない根管」をあけるか?


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答え
信頼に足る「あけっぷり」披露してくれます


買ってよかったSEC1-0。今となっては注水機能があるKAVO製の方を買えばよかったと思わないでもない。しかし、それは予算が許さなかった。購入したのは、等速コントラVM-YとEC-30で、ナカニシ(NSK)製である。

ここのところ色々と使ってみて「この場面で使えるなあ」と分かってきたところがある。
私見混じりではあるが記事にしてみようと思う。


根管を「あける」とは
根管本来の走行から逸脱せず、手用ファイルを根尖まで到達させることと理解している。エンジンリーマーや、ウォッチワインディングで人工根管をこしらえてしまう行為は「開ける」とは言わない。根管もどきをこしらえた穿孔に過ぎないからである。一見してEMRでアピカルロケート反応を示すようになるのでネゴシエーションができたと勘違いしやすいだけだ。こうした根管は、根充の確認デンタルで、やたらストレートで不自然に根充材が充填されているので、すぐにそれと分かる。根尖を触っているにしても、無菌的なところを穿っているだけなので、本来の病変が治癒に向かうことはない。その後の再根管治療も絶望的になる。


そんなわけで、「開ける」のは、

@抜髄や歯髄死などのイニシャルトリートメントにおける、ネゴシエーション
A手用ファイルで根尖までファイルを到達させられない「閉鎖疑惑」のある根管のネゴシエーション

の場面を言う。

@は手用ファイルでも達成するのが一般的だが、その際のファイルの動かし方は、回すのではなく上下に細かく動かして(ファイルを抜き差しするような動かし方)根尖までファイルを送るものである。ネゴシエーション後にファイル先端を根尖に出した状態で、更に上下に30回以上小刻みに動かして根管の交通を確実にする操作があるから、手早く楽に終えられる意味でSEC1-0を用いた方が楽なのである。

Aは想像しただけでファイルを把持する指先が痛くなってきそうなシンドイ仕事で、エンド中の歯科医師の気力をゴリゴリと削ぐ大敵でもある。しかしこれをSEC1-0で達成できるとすればどうだろう?SEC1-0は手用ファイルに上下0.4mmの往復運動を与えるものであって、基本的に本来の根管から逸脱して「あける」ことが予防される。疲労軽軽減と併せて、ありがたいことが分かるだろう。

このふたつの「開ける操作」を、SEC1-0を用いることで高確率で達成できることを私はお伝えしたい。


解説
@:マニー08Kファイルがファーストチョイス。根管内は湿潤した状態で、ファイルにRC-Prepのような潤滑剤をつけて操作することが望まれる。乾燥した状態だと、根管壁から余計な削片が生じて根尖に押し出してしまい、術後疼痛につながるからである。

抜髄時を例に具体的な使い方を述べると、根管口を発見したら、即座にマニー08KをSEC1-0に装着してネゴシエーションを狙う。パワーは小→大と適宜変化させながら用いる。最初からフルパワーだと患者さんがびっくりするので、根管口よりファイルを挿入して小さなパワーで動作させ、ファイルが食い込むような感じで「根管を捉えた」ら、徐々に強くしていくと良い。次第にファイルが根尖方向に沈んでいくようにして穿通を達成できるはずだ。

EMRと連動させたいなら、エンドミニ(FEEDで購入可)を用いると良い。感覚が鋭敏な先生であれば、EMRと連動させなくてもネゴシエーションできた「瞬間」が感触で分かる。私は感覚がどうにもdullなのでエンドミニとの併用がほとんどである。

ネゴシエーションして、ファイル先端を根尖より突き出した状態で、しばらく動作させ続けて根管の交通を確実にする。この後は、手用10Kで穿通させるもよし、SEC1-0に10Kを装着して同様の操作をするもよしである。

最近のNitiファイルを用いた根管形成のプロトコルでは、10Kでネゴシエーションできたら即座にグライドパス形成用NiTiでグライドパス形成を行うことになっているので、それに倣うのも良い。個人的には10Kでネゴシエーションした後にグライドパス形成用NiTiファイルでグライドパス形成に移るのは、根管とファイルとの干渉がまだ大きすぎると考えているため、手用15Kを根尖まで到達させた後に行うようにしている。10Kでネゴシエーションした後に、ゲイツドリルや35/.08用いて根管口を明示し、15Kを少しでも抵抗なく根尖到達できるよう整理するのである。時間はかかってしまうが、グライドパス形成用NiTiファイルの破折を予防したいことと、ロータリー運動をするグライドパス形成用NiTiファイルをレッジ防止の観点から、とにかくスムースに根尖に達して欲しいと願うからである。グライドパス形成用NiTiファイルがスムースに根尖まで達することができれば、その後の拡大形成はほとんど成功を約束されたものになる。


A:閉鎖根管とは、ファイル本来の根管に到達させられない場合や、石灰化物等で根管が閉塞してファイルを根尖に到達させられない場合をいう。

前者の場合は、基本的に根尖までファイルを到達させられないと根尖へ通じる通路内の感染源を取り残してしまうことを意味する。事実、予後を悪くする。どうしても根尖までファイルを到達させられず、根尖病変の活動を削ぐことができないなら、それは根管内からのアプローチの限界を意味するから、外科的に根尖を除去するステージに移行することになる。

後者の場合、EMRが3.0以下に触れていかないことから、ある程度の信頼性の元に診断が可能である。また、こうした閉鎖根管はたとえ開かなくても予後は悪くなかったりする(触れられる範囲の感染源を徹底除去すれば良い)。閉塞根管であったとしても、一方的なマイナスを意味しない点では安堵の余地がある。断定することはできないが、閉鎖根管を無理に開ける必要性はないのかもしれない。それでも、開けられるなら開けたいと思うのがエンドに挑戦する歯科医師の心理であろう。実際、開けられるなら、開けた方が根管の無菌性獲得の可能性の面で良いはずである。開けられる可能性があるなら、開けることに挑戦して良さそうだ。ただ、これを自分の手指で達成しようとすると手間である。シンドイ思いをして時間を要して、ようやく開いたと思ったら人工根管であったとしたら泣くに泣けない。

SEC1-0は、繰り返して述べるが、基本的に上下0.4mmの運動を手用ファイルに与えるものである。閉鎖根管を開けるために手用ファイルを根管内で回転させても、ファイルはジップ形成するのが関の山である。開けるためには、ファイルに与える運動を上下運動だけに絞り、本来の根管に落とし込まなくてはならない。落とし込んだあとなら、ファイル根尖方向に移動させる意味でファイルを回すリーミングは許容されるが、ウォッチワインディングやバランスドフォースの方が無難である。このために、我々はファイル先端にプレカーブを付与することがあるのである。これは想像するだけで気が滅入るシンドイ仕事なのであるが、SEC1-0を用いることで楽に実現できる。

本来の根管を捉えた、純然の閉鎖根管であればストレートの08Kで攻めると開けられること多い。SEC1-0でKファイルを上下運動させているうちにファイルが少しずつ根尖側に移動して行き、穿通する感じだ。穿通したら、抜髄の時と同様、穿通させた状態でしばらく動作させ続けて根管の交通を確実にすると良い。その後はさしたる労力もなく10Kで穿通させられるはずである。

本来の根管を捉えているか分からない場合は、プレカーブを付与した08Kか10Kで穿通を狙う。
SEC1-0は、ハイパワー時にファイルが上下運動振動によってトルクのない自然な回転をする。これは、手用ファイルになんら規制する力が加わっていない場合に見られる現象で、回転はラバーストッパーをみれば確認できる。プレカーブを付与したファイルを用いるのは、この自然な回転と上下運動の組み合わせで本来の根管にファイルを落とし込ませて一気に根尖まで穿通させるためである。己の手指でこの作業をしようものなら術者が発狂しかねないが、SEC1-0があれば極めて早く正確にこれを達成しようとしてくれるのである。なお、エンドミニを装着しているとファイルに把持力が加わるためか、この自然な回転が見られなくなることが多い(なので、エンドミニを外した状態で行うほうが確実だ)。

08Kや10Kを用いても開かなかったら、多少の根尖部の破壊を犠牲に、僅かにプレカーブを付与した15Hで穿通を狙ってもよい。うまくいくことがあるからである。しかし、これで開けると根尖部の破壊を伴うために根尖部からの出血を覚悟しなくてはならない。術後疼痛も大きく出やすいようだ。そこまでして開けて良い予後に繋げられるものかどうか、一考の余地が残される。

これらの一連の操作で開かなかったら、「もうこれは開けることはできない閉鎖根管である」と診断すればよい。触れる範囲までを徹底的に清掃すればよいのである。



エンドにおいては、「開かない根管を開けられるようになりたい!」と誰しもが強く願うものではなかろうか。歯医者になりたてぺーぺーの頃の私は、その念に強くとらわれていたことを思い出す。エンドは好きだけど苦手で、藁をもすがる思いで、東海林芳朗先生のエンドセミナーに参加を決意したことも昨日のように思い出す。それから更に数年を経ていま私はSEC1-0を手にするようになった。ほんとうに、感慨深いものがある。

ラベル:SEC1-0
posted by ぎゅんた at 22:32| Comment(13) | TrackBack(0) | 根治(実践的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

【低コスト】FEEDベーシックグローブ/ハイグレードグローブ【好作業性】

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お試し100円キャンペーンで購入。結論から述べると、好いグローブ。

世の中には多種多様に診療用グローブがありますが、ディスポであるゆえ、普通はコストが優先された製品に落ち着きがちです。高価なものは高価であり、使用に躊躇しするものですが、安価であれば気兼ねなく使用できるからです。感染予防の基本はディスポにあります。そんな中にあって、臨床医は自分のグローブをもたなくてはなりません。

この考えに漏れず私も某社のラテックスグローブ(ノンパウダー系)を使用し続けて来ました。値段をさして気にとめずバンバン使って来ましたが、その質はどうなのだろうとは考えることがありました。というのは、たまにグローブに「ダマ」があったり、指の部分に「弛み」があったりしたためです。値段相応やしなあと思う一方で、不良品が混じっているのは看過できない。使用感が悪いし、なにより損をした気持ちにさせられるからです。値段が安いので使っている関係というのはドライなもので、似たような値段で他の候補があれば、そちらに浮気される運命にあります。

さてそんな中、FEED株式会社が新たに安価なグローブを販売しました。
ラテックスパウダーフリーで、ベーシックとハイグレードに分かれています。ハイグレードはベーシックに比べ60円高ですが、装着してみればその具合の良さに気づくはずです。操作性もよく、自然な感じです。安価なグローブをお使いになられている先生であれば、すぐに気にいる品質ではないでしょうか。グローブが到着してすぐにフラップ手術で使用してみましたが、グローブの装着が作業を妨害することは一切ありませんでした。確かにこれはハイグレードであります。

一方のベーシックは、ハイグレードに比べると「あ、確かに」と分かる感が憎いですが、8割を占めるベーシックな歯科診療の場面で用いる分になんら問題ありません。これでいいのであります。薄手でありながら、インスツルメント類での引っ掛けでグローブが破れるあのツマラン事故も起きにくいです。

掌に汗をかきやすいためか、私の掌が不潔なのか、ラテックスグローブ使用していると黄色〜茶色っぽい変色が現れることがあります。見た目的にマイナスです。これを患者さんにみられると「グローブを使いまわしているんじゃねえの?」と疑われること必定であります。地味に患者さんとの信頼関係構築の足を引っ張る名アシストを決めてくれるいやらしい存在で、ストレスになります。

このグローブでは、この変色がないわけではありませんが、明らかに少ないです。材質が優れているのか、対策がなされているのか分かりませんが、いずれにしても私にとってありがたいことです。

値段的に満足のいくものなので、新たな魅力的な候補が現れるまでこのグローブを使い続けることになりそうです。やったぜ。
 

2017年06月13日

骨粗鬆症エキスパートセミナーとポジションペーパー2016

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ビスホスホネート製剤「ボナロン」の製薬会社である帝人ファーマ主催のセミナー。骨粗鬆症治療の現在の解説とボナロンがいかに優れた製剤であるかのポジショントークが混じった講演になるのかと思って参加したが、それは杞憂であった。参加して良かった。現状が知れたからである。また、デノスマブ(骨粗鬆症治療で「プラリア」、悪性腫瘍で「ランマーク」)でもBRONJと同様の顎骨壊死(DRONJ)を起こすことも明らかされた。なお、BRONJもDRONJ も破骨細胞による骨吸収抑制をターゲットとした薬剤に起因することから、両者を総称してARONJと呼称するようです。


BRONJが歯科界で報告されトピックとなった時の歯科医たちの間走った戦慄を今も覚えている。「ビスホスホネート製剤(以下、BP製剤)を服用している患者さんの歯を抜歯すると顎骨壊死を起こす」との報告によって歯科界がパニック状態に陥ったのである。当時の歯科医のほとんどは骨粗鬆症の治療についても明るくないしBP製剤ってなによ?みたいな状況でしたから、「抜歯によって顎骨壊死が生じる」激烈なインパクトもあってパニックに拍車をかけた。

その後、BRONJに関する報告と周知の徹底によって自体は沈静化し、現在に至っております。

私を含めて、市井の開業医のBRONJへの対策はどのようなものかを考察いたしますと、以下に述べる点でまとまっているのではないでしょうか。

1.BP製剤を三年以上服用している患者さんでは、抜歯をしない(保存処置で対応)
2.抜歯する場合は、3ヶ月の休薬を行う
3.ビスホスホネートの注射を受けている患者さんは年数に関係なく抜歯できない

頷かれる方もおられましょうし、否定される方もおられましょう。
結論から述べると、三年以上の服用既往があっても抜歯できますし、休薬させる必要性もありません。感染に充分に配慮して抜歯し、創部を縫合で閉鎖させればBRONJを予防できることが確立されたからです。



本態的には感染による骨髄炎が主体
そもそも「顎骨壊死」の言葉が一人歩きしたばっかりに、歯科医が抜歯に及び腰になってしまっているのが実情のようです。実際は外科処置後の創部の感染修飾による骨髄炎が主体で、その結果、腐骨形成といった顎骨壊死が生じるのです。ここまで「広まってしまった」以上の、いまさら名称の変更はできないそうです。

結局のところ、抜歯など観血処置の後に感染させなければ良いようです。
口腔ケアを含めた口腔内の清掃の徹底と、術前の抗菌薬投与、抜歯直前に患歯周囲の歯石除去を行い、抜歯創を縫合によって閉鎖させることで、たとえBP製剤を三年以上にわたって服用している患者さんであろうがBRONJを確実に予防できることが分かっているようです(N数の多い信頼できるデータが集積されている)。休薬によって骨粗鬆症の人が骨折するリスクと不利益を無視できないことと、休薬によるBRONJを予防できる確たるエビデンスがないことがこれを後押しします。

勿論、すべての場合でこのような単独対応ができるわけではありません。医科-歯科連携の上での対処が求められます。抜かなくてはならない歯があれば、抜かなくてはならないのです。

10年以上の経過の中で集積されたデータを元に明らかにされた事実の蓄積が、BP製剤に対する現場の恐怖と混乱を払拭しはじめています。口腔外科医であれば、ARONJの知識は最新のものにアップデートされているので、自院での対応に不安があれば、口腔外科に紹介することなるでしょう。だからと言って、最新の知識を知らずにいてよい道理はありません。少なくともポジションパーペーを一読しておくべきです。極めてコンパクトにまとまっていると思います。

ポジションペーパーはここでPDFで読めます。ええ時代やで
顎骨壊死に関するポジションペーパー(日本口腔外科学会)
『骨吸収抑制薬関連顎骨壊死の病態と管理:顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2016』
 
posted by ぎゅんた at 14:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 勉強会・セミナー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

(いつか買うリスト)オーラルID

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粘膜病変、ことに口腔がんを見逃さないように常に留意しているのが歯科医であります。人間にとって口の中をマジマジと観察される機会は、歯科にかかったときぐらいしかありませんから、口腔内の異変を(専門家である)歯科医が見逃してしまうと大きな損失になってしまうからです。口腔がんの早期発見は、地味ながらも歯科医の重要な仕事のひとつです。

酒の席で口腔外科の先生にこっそり聞いたときに「我々を含めて、少なからず見逃しがあるから楽観視できない」「予後不良のケースは、早期発見できてさえいればひょっとしたら…と悔やまれるものが多い」との意見をいただいたことがあります。これはちょっと怖いことです。注意深く観察していても、見逃したり、判断に困ってしまうケースがあります。まして、歯しか見ていない、視野狭窄を起こしている歯科医であれば、間違いなく見落としてしまう。こうしたときに、スクリーニングであろうと、信頼の置ける診断機器があれば間違いなく有益であります。頼りになりそうでならないのが自分の目だけの判断だからです。

我々が健診業務に出た際は、歯牙と歯肉だけでなく、歯列や顎関節、そして粘膜病変の有無を診査します。その際に、こうしたスクリーニング用機器があれば有益であるばかりでなく、国民の口腔がんの啓蒙につながるのではないかと期待できます。


良さげやな?…しかし
このオーラルID、保険診療での使用が(現時点では)認められていません。健診業務であれば保険証もクソもないので使用しても問題ないでしょうが、保険医療機関が使用する際には制限がかかってしまうことになる点が気にかかります。例えば、カルテに「粘膜に病変を疑う表情の部位があったためオーラルIDで確認したところ異常はなかった」などと記載したら一発アウトなわけです。黙っていればわからんといえばそれまでのことかもしれません。しかし、保険診療で使用を認められていない機器を保険診療で用いてはいけないことを保険医は周知しています(そういうことになっている)。

歯科医師による口腔粘膜の視診は「初心・再診」に包括化されていると思うので(算定できる項目がないので)、このオーラルIDを使っても、現実的には構わないと思いますが、ルール上グレーであることは否定できないでしょう。メーカーに問い合わせたところ「先生のおっしゃる通りなので、自費で行ってください」とのことでした。そりゃそうだ。

もしこのオーラルIDで扁平上皮癌を疑う部位を発見したとして、細胞診で早期の扁平上皮癌と診断されたとする。素晴らしいことです。しかし、この流れでは当然のごとく保険算定はなにひとつできないことになります。細胞診を行わないにしても、口腔外科へ紹介して診療情報提供料を算定することもダメのはずです。

畢竟、保険医にとってこの機器は、自費でスクリーニング検査をするか健診業務で使うかの2つの使い道に限られた存在になるのではないでしょうか。口腔がんを見逃さないための優れたスクリーニング機器(推測)でありながら普及が進まないのは、ひょっとしたら保険診療に使用できない実情が足を引っ張っているのではないかと邪推してしまいます。



我々開業医は、治療のための専門機器を導入する際に、必ずや「導入して元が取れるか」をまず念頭に置きます。欲する器具をす無尽蔵に購入できる先生は世界一の幸せ者です。歯科医療機器というのは、高いのか安いのか皆目見当がつかないプライスタグが掲げられているのが普通で、現実的な保険点数から冷静に判断してみるとやっぱり高い、そんな値段であります。購入への決断には慎重になるのが普通です。

このオーラルIDによるスクリーニング検査を自費で希望される患者さんは、少ないと思います。「なんで保険でやってくれないの?」と不思議がられることでしょう。「保険で認められていない機器だから自費になる」と説明しても、それならイイデスと拒否されるのが目に見えています。いいものは自費でも選んでくれるというのはコンサルの一方的な意見で、確かにそういう患者さんもいらっしゃるけれども、数は少ない。そうした患者さんを増やすためにこそ自院をブランディングしなさいとセットで追撃される展開も承知していますが、国民の大半は保険証をもって医療機関に出向くことがルールであり患者として当然のことと考えておられるわけで、様々な理由があるにせよ、医療者側がその心理に水をぶっかけることはあってはならないと考えています。「自費自費うるせーよ保険診療でできうる最善最適の治療をまずしてみろ」と患者さんは考えているのです。月々に安くもない健康保険料を納めることを甘受しているのですから、当然の心理です。

世間には様々な医院経営の歯科医院がありますから、このオーラルIDを自費で使いこなせる医院もあることでしょう。しかし、当院では無理です。またぞろコンサルに「田舎で国保の患者が多くて…は言い訳!どんな場所でも自費を選ぶ患者を必ず発掘できる!(できないのは、先生のやる気がないから!)」と怒られてしまいますが、当院の診療スタイルから勘案するに無理に等しいのです。突き詰めて考えれば無理ではないかもしれないけれども、そこに割く労力があるなら他に割きます。

なにも実行に移していないうちに机上の空論よろしくオーラルIDにダメ出しをしていますが、しかし、この機器を健診業務に携えて活用したい気持ちは旺盛にあります。喜ばれること間違いなしだからです。

いち保険医療機関としてこのオーラルIDは、なるほど制度上の制約が多すぎてリターンが得られないだろうが、制度の軛より離れた場では大活躍が見込めるものではないか。ここにきて私は、もう購入しようかと決断委ぽ手前におります。ビジネス用語に「Win-Winの関係」というものがあります。「Windows(OS)のパソコン同士こそが最高や!」という意味だと誤解して長かった言葉ですが、真意は「それぞれの当事者とも利益を得る」みたいな意味です。あまりに使われて陳腐化していますし、虫のいい関係にしか思えない点で嫌いな言葉です。「今回はうちが泣きましょう。でも、次の機会にはよろしく」とか「泣かされちゃったけど、許しちゃうよ」という緩さがある関係のほうが堅牢で永続的なビジネスを送るうえで望ましいと思うからです。オーラルIDは保険診療で使えないという事実では泣きをみるけれど、健診業務で燦然と活躍が見込めるという意味で「win-loseの関係」でありましょう。けれども、それで良い気がします。オーラルIDの目的が、口腔がんや粘膜病変の見落としを防ぐことと早期発見の手助けにあるからです。


http://oralid-japan.com/
ラベル:Oral ID
posted by ぎゅんた at 13:53| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする