根管治後には抗菌薬を処方するもの?
感染根管治療後に、臨床医がちょっとばかり恐れる存在がフレアアップである。この恐れの感覚は、抜歯後のドライソケットを恐れるそれに似ている。ドライソケットは、血餅が脱落することによる抜歯窩歯槽骨の露出(創面湿潤状態の喪失)が原因にあり、これは血餅を確保すれば良いわけで術者と患者の注意次第でかなり予防できる。一方フレアアップは、これは患者の免疫力や根尖病変の悪性度(こんな表現は普通はしませんが、ニュアンスでご理解下さい)に影響される側面よりも、はるかに術者側に影響される。フレアアップは、術後疼痛の問題も含め、まず違いなく、その原因は、根管から根尖歯周組織へのdebris(根管内の好ましくない感染有機質残渣)の押し出しや漏れにあるからである。
根管治療にあたっては、閉鎖根管でもなければ、ネゴシエーションを通じて、根管は根尖まで穿通され交通が確保されなくてはならない。その際、器具の先端は少なくとも1度は根尖孔外に出るはずであるから、根管内を移動してきたファイル先端に付着したdebrisの根尖孔への押し出しはゼロにできないと考えられる。しかし、このときに押し出されるdebrisを最小限に抑えられれば、生体の免疫力による庇護の元、臨床上、問題なく経過する。従って、エンドドンティストは、感染が疑われる根管を攻略する際は、まずタッチャブルな歯冠側ー根管口部の食渣・プラーク、軟化象牙質などを徹底的に除去するところから始める。肝心のネゴシエーション直後まで、とにかく根管内の走行を逸脱しない範囲で清掃することを怠らない。ネゴシエーションはこの後に行い、根尖歯周組織に押し出してしまう、避けられ得ぬdebrisの押し出し(コラテラル・ダメージ)を最小限にする。これにより、フレアアップはもとより術後疼痛を可及的に予防するのである※1。
こうした中にあって、初回の感染根管治療を終えた患者に抗菌薬を処方すべきかどうかを考えてみたい。
ルーチンに「感根処後には鎮痛剤と抗菌薬はセットで出す」と考えておられる先生は少なくないのではないかと私は邪推するのだが、これは、感染根管治療後の術後疼痛対策とフレアアップの予防を考慮した姿勢だと考察する。もしかしたら、根管治療後に抗菌薬を投与することに厳然としたルールがあるのかもしれないが、私はその教育を受けた記憶がない※2し、知らない。
意地悪く考えると、ここには「感根処したら痛みや腫れは出るものだし、不幸にしてそうなっても鎮痛剤と抗菌薬を処方しているから患者さんは納得するだろう」という見地と、「医者にかかってクスリが処方されると患者に評価される(特に年配の患者さん)」日本医療の歪な側面も顔を出している。処方しなかった場合に腫れと痛みが起きて、患者にヤブ医者扱いされたくない心理が働いているのは事実であろう。と、偉そうにこのような記述をする私は、感染根管治療後に抗菌薬をあまり処方しない。鎮痛剤は出す。
昔は感染根管治療後に抗菌薬をルーチンに処方していたが、それは先輩ドクターの真似であったし、勤務先の医院の方針に従っていただけであった。感染根管治療後に痛みや腫れが出るのは、真面目に根治をやった証拠だとすら考えていたように思う。いずれにせよ、自分の頭で「感染根管治療に抗菌薬を処方すること」について真摯に向き合っていなかった。術後疼痛とフレアアップを予防するための効果あるものと信じて、処方していたに過ぎない。繰り返すが、術後疼痛もフレアアップも、根管治療時のdebrisの根尖歯周組織への押し出しが原因である。
抗菌薬は、ことに乱用される趨勢にあることを常に批判されてきた。術者は、「この場合は必要ないから処方しない」と判断できる目を持たなくてはならないし、自信ある判断基準を有しておらねばならない。
薬は根尖病変を治せない。人の手によって、宿主の治癒力が発揮されることで治っていく
根尖病変があるからといって、抗菌薬を服用させて病変が消失することはない。これは周知の事実である。歯が感染源として存在しているなら、感染除去療法として根管治療が必要となる。根管内は生体の免疫力が及ばない隔離された閉鎖空間であるからだ。歯科医師の手によるデブライドメントが必要なのである。抗菌薬の処方は、例えば、初回の感染根管治療後に処方する抗菌薬が、根管治療による感染源除去との相乗効果によって根尖歯周組織の治癒を促進する可能性は考えられる。しかし、処方しなくてもこの治癒機転は根管治療により導くことができる。導けない場合は、感染源の除去不足であるか、根管を見落としているか、攻略不能なほどに根管系が破壊されているか、根尖孔外バイオフィルムによる難治性根管か、なんらかの原因を示唆することになる。根管内からのアプローチで解決できない場合は、外科処置に踏み切るか抜歯になる。これも感染源除去を目的とした処置である。
この論文では、術前症状を訴えていた場合では術後疼痛やフレアアップが生じやすかったとしている。だからと言って、術後に抗菌薬を投与する判断材料にはならない。
投与を考えるのは、粗雑な器具操作によって根管内debrisを根尖孔外に多量に押し出してしまったことを確信したケースであろう。この場合は、術後に患歯根尖部が急性炎症をきたす可能性が高いこと、その場合に起こりうることを説明しておかなくてはならない。高い確率でフレアアップを起こすことになるからである。
こうした場合で、術前症状があった患者さんで、翌日来院ができない患者さんに限って、私は抗菌薬を投与することを決める。正直なところ、それでも抗菌薬が必要ないものか、フレアアップを防ぐか軽減する上で意味があるのかないのものか、明確に答えることができない。抗菌薬はフレアアップを起こしたことを確認した上で、処方するべきなのかもしれない。また、フレアアップを起こしたら抗菌薬ではなくステロイド剤を処方して腫脹と炎症を抑えるべきと聞いたこともある。
歯科薬理学の講義を受けなおしたい…
ここまで述べてきた内容は、あまり成書で述べられないはずで、私は知識が疎いままである。だから、こんな好き勝手な文章を書いている。世の臨床医たちが(根管治療後の)抗菌薬の処方をどのように考えているものか、興味のあるところだ。
なお、私が処方する抗菌薬の第一選択はアモキシシリン水和物250mg(サワシリンカプセル)である。鎮痛剤はキョーリンAP2、カロナール、ソランタール、ロキソニンを、治療の程度と患者の既往、全身状態から総合判断して処方する。
※1
根尖孔外に出たファイルの先端が根尖歯周組織にスタンプのように押し付けた機械的損傷自体は、これは術後疼痛にはつながらない。術後疼痛につながるのは、debrisの押し出しにあるのであって、細菌による修飾が必ずある。
※2
根管治貼薬剤に抗菌薬を使用する話ならうるさく耳にしたものだが、明確に覚えてるのは「クロラムフェニコールの副作用が再生不良貧血」ぐらいのものだ。3-mix療法が流行っていたのも思い出す。そういえば3-mixはいまはどうなった?