乳歯のう蝕の好発部位が乳臼歯隣接面にあることは、小児の歯科治療を行うようになってすぐに悟る事実である。そしてまた、乳歯のう蝕は進行がとてつもなく早いので、X線写真を撮影したタイミングですでに歯髄感染に至っている場合がしばしばである。厄介なのは仮性露髄で自発痛を訴えない場合である。この場合に歯髄処置を忌避してCRやGIC充填を行って、後日、痛みを訴えて来院されたり、根尖性歯周炎に至って歯肉に膿瘍を形成されたりすると目も当てられない(患児はどうとも思わないようだが、保護者が誤診だと訝しんだり、治療ミスだと怒るからである)。X線写真写真上でう蝕病巣と歯髄にわずかに距離があっても、既に感染していたりすることが多いようだ。乳歯の根管治療の頼みの綱である断髄法にしても、根尖歯髄までの炎症の波及が早すぎて適応時期を過ぎてしまっているケースが少なくない。
経験上、このことを承知しているドクターは、抜髄に素直に踏み切る姿勢にある。一方、歯髄保存を優先したいドクターは間接覆髄や充填で対応する。私は後者よりの考えだが、打診痛があれば脊髄反射で抜髄に踏み切る(打診痛さえなければ、歯髄保存の方針をとる。う蝕除去時に露髄したら断髄法を採る)。
浸麻したら、タービンでエナメル開拡してう蝕病巣をスプーンエキスカでゴリゴリとる(スチールのラウンドバーで除去する方が楽で速いのだが、音と振動を嫌がる小児が多い。「スプーンで虫歯さん取るわ」とエキスカを見せるとわりあい協力的になってくれる)。それで露髄したら「それまで」と歯髄処置に踏み切る決心がつくからである。
充填材料を接着させづらい乳歯では軟化象牙質の取り残しは致命打となる。唾液の洪水である小児の口の中で、最善の治療を目指すなら軟化象牙質の徹底除去は絶対である。古典的な考えだとは思うが、保険診療で最善を尽くすならこうするほかあるまい。
本記事のトピックは、乳臼歯の抜髄である。
これについて、成書で真面目に答えられている例は少ない(と感じる)。なぜだろう。乳歯は永久歯による歯根吸収を受けるので、体系だった手法を確立できない側面があるからと思われる。また、生命力が旺盛なため、う蝕の除去と大まかな歯髄除去が達成できさえすれば「なんとか(交換時期まで)もってくれる」側面も考えられる。このことに甘えると「テキトーにやっても大丈夫だから。へーきへーき」という処置になるが、それでもなんとかなっているのが現実だろう。しかし、いくらなんでも小児の高い生命力に依存しすぎではないか。やはり「こうあればこう」な、確かな、気持ちのよい術式を有したいものだ。
小児の治療を担当した研修医時代から、小児の根管治療は苦手で避けたい処置であった。小児は治療に協力的とはいえず、口腔内は常に唾液の洪水で、患歯を舐めまわそうと舌を走らせる。できる限り感染源を除去したらビタペックスを注入してベースセメントで封をすることだけを、見かけ上、なんとか達成するのがせいぜいだった。そして、しばしばPerって歯肉膿瘍を継発してきた。
乳歯の根尖性歯周炎は後続永久歯の歯胚回避を招き歯列不正の原因となる。「なんとかなってくれる」とはいえ、自分の治療が患歯にとって役に立っていないことに焦燥と苛立ちをおぼえていた(いまでも、ある)。
ミゼラブルな結果になったのは、明確な原因がある。
1.感染源を取りきれていない
2.感染源を取った後の患歯の内部が死腔だらけ
3.不十分な封鎖によるコロナルリーケージ
乳臼歯の根管が髄床底からなにまで隙間だらけとか、水分含有率の高い歯質によるリーケージ・リスクといった要因もあるが、それでも、多くは1~3.が原因である。
感染源が取りきれていないのは、術者が感染源の徹底除去に対してやる気がないか、器具を使いこなせていないかである。小児の歯科治療は痛みと不安の払拭とスピード勝負なので術者は焦燥感に駆られるものだが、感染源の除去だけは疎かにできない。これを達成するためには、ひとえに小児を(目の前の治療に対し)従順にさせることである。痛みのない浸麻ができれば多くの小児は治療中に寝てしまう程おとなしくなるので、痛みなく浸麻することが成功への近道でもある。寝てしまった時の治療のためにバイトブロックや開口器は用意しておこう。
抜髄は全部歯髄除去をいうから、根管内へのアプローチが必要になる。乳歯の場合、どのように抜髄するか?私はゲイツバー#2,3,4 を用いた機械的な抜髄を教わった。作業長もくそもなく、根管口からゲイツバーで歯髄を除去するのである。おおよそ除去できたら、ビタペックスをシリンジ注入(糊剤根充)してリン酸亜鉛セメントやベースセメントで築造するように封鎖する。ビタペックスをシリンジで注入した後に、滅菌綿球で圧接するわけだが、その時に出血があってはいけない。出血の存在は築造後のリーケージになるからである。そして、止血がしっかりできていれば、予後は悪くない。
この方法は確かに手早いのだが、歯髄除去の確実性の面で劣っているように思える。根管内の歯髄の除去がうまくいかないといつまでも出血してくるので、これは看過できないところだ。
知り合いの先生に意見を仰いだところ、歯根の吸収がまださしてない乳歯なら、EMRと#25以上の手用ファイルを併用するとのことであった。根尖部が太く開いている乳歯の根管であっても、EMRは使用できるのである。この方法は、ゲイツバーだけの除去に比べて一手間かかるが、歯髄除去と止血の面でより有利になる。
ものぐさな私は、抜髄時にNiTiファイルを根管に挿入するとファイルに絡まってくることを思い出してプロテーパーネクストやウェーブワンゴールドで効率的な歯髄除去を狙ってみたが、さしたる効果は得らえなかった。もう少し追試が必要である。
乳歯の根充は、後続永久歯が存在しないケースを除けば、歯根吸収を考慮してガッタパーチャ用いず(東洋のオブチュレーションガッタは吸収されるので使ってもよいとされるが、通常のポイント状のそれは使わない)、糊剤根充として水酸化カルシウム製剤を用いるのが一般的だ。私はビタペックスを使っている。歯髄を除去し、止血が得られていることを確認した根管に注入して、滅菌綿球で圧接して出血がないことを確認してセメント築造しよう。