2015年12月26日

乳臼歯DEの隣接面う蝕に石塚式イージーマトリクスはいかが?

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「こんな感じでやってますヨ」と言いたげな、乳臼歯DEに石塚式イージーマトリクスを装着した臨床写真を提示したいところなのだが、流石に写真を撮っている余裕がないです

「噛むと痛みがある」と耳にした時に、我々は真っ先に根尖性歯周炎を思い浮かべる。これは乳歯でも当てはまるが、小児は訴えが曖昧模糊としたところがありるため、必ずしも当てはまらないところがある。むしろ、乳臼歯DEの隣接面う蝕が原因であることが多い気がする。穴が空いて、食事の時にものが挟まるのである。挟まったまま取れない食渣が、食片圧入で押し込まれば歯間乳頭歯肉に触れて痛いだろうし、歯肉に炎症が起こればもっと痛い。そして、乳歯のう蝕といえば、乳臼歯DEの隣接面う蝕といえるほどの好発部位でもある。

小児の治療は、フレッシュな新人の仕事に振られることが多いようだ。実際に私も、研修医の頃から小児の治療を多く担当したものであった。後続永久歯の見えているプラプラ乳歯の抜歯に始まって、シーラント、小さなう蝕の処置から生切まで。「小児は大人の小さい存在にあらず」は、歯学生であれば小児歯科の講義の最初にだれしもが耳にした格言であろう。ちなみに臨床では、小児の治療をまずまずこなせるようになると、成人の治療も上手にこなせるようになり始めたりするようだ。新人の歯科医師が小児の治療を担当するのは、今後も変わらないだろう。


話を戻して、乳臼歯DEの隣接面う蝕について。
X-Ray上で歯髄保存が可能と診断したら、保存修復に移る。その際、充填で対応するか銀合金インレーで対応するのかは、う蝕の大きさが決めるのである。とはいえ、できる限り充填で対応したいと考えるのが昨今の趨勢であるし、私もそう考える。しかし一方、乳歯の充填はとかく脱離しやすい。乳歯は水分と有機質がリッチで接着に不向きであるから、脱離防止を考慮すればコンサバに保持形態を確保するインレー修復が安全パイだったりはする。ただ、その場合は、頬側や舌側ムカデの足のように窩洞を伸ばして保持形態を確保することになる。コストや当日に処置を終えられることを優先すると、やはり充填を選択したくなる。

乳臼歯の2級充填で気をつけることは、若干の保持を期待してわずかに窩洞外形を設定した上で、食片圧入を防止する隣接面形態を付与することであろう。

接着修復においては、その窩洞外形はう蝕の大きさに規定されるわけで、保持形態は基本的に必要としない。ただし乳歯の場合は、そこに意図的に保持を求めて追加的に窩洞を広げる(削り込んでおく)と脱離を防止できる。ラバーダム下でガッツリ接着させれば保持形態の意図的付与は必要ないと思う(安定して接着する)が、それが叶わない場面も多い。私は乳臼歯の充填にラバーは使わず、Zoo(ミニ)やオーラルガード(スモール)下でGICを充填するケースがほとんどである。CRよりもGICのが好きという個人的な好みも関係している。

食片圧入を防ぐには、隣接面形態のある程度の回復を実現できる器具を用いるのが確実だ。乳臼歯の隣接面の充填に関しては、私は昔から石塚式イージーマトリクスを愛用している。学生時代に小児歯科の実習で触れてから、気に入ってずっとだ。これひとつでDEの隣接面う蝕を同時に充填できるスグレモノである。

石塚式、というからには、これは石塚なる先生が考案された器具に違いあるまいと思っていた矢先に外部講師招聘で石塚治先生の講義を受講できたのもいい思い出だ。
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こういう先生かと思っていたが全然違ったのもいい思い出。石塚先生ゴメンナサイ

なお石塚式イージーマトリクスの紹介と使い方については「子どもの患者の治療・対応に上手くなろう!(ヒョーロン)」156〜159頁に記載がある。


さてこの器具を用いて隣接面の充填をすればいいわけだが、気をつけておきたいポイントを述べておきたい。それは、う蝕を除去して窩洞形成をしたら、隣接面歯頚部に圧入されているプラークや食渣を完全に除去することである。手早く済ませねばと焦るとこのステップが疎かになりがちだ。また、食片圧入があるのなら、乳頭部の歯肉が炎症を起こしているから出血もしやすい。プラークと食渣の除去と止血を完全に確認できた上で、石塚式イージーマトリクスをセットすると間違いがない。

良好な防湿を確保してフジ\ GP Extraをシリンジ充填し、手早くバニッシュを塗布して感水から硬化中のセメントを保護すれば勝利は目前。非ラバー下のGIC充填ではあるものの、CRに比べて脱離が頻発したりはしない。GICは過去の材料と思われているようだが、そんなことは決しないのである。




その理由は色々と考えられるが、大人と違って誤魔化しのきかない「正直な相手」であることと、歯科治療に先天的につきまとう「不安と痛みと恐怖」の塊であることを自分なりに対応・克服することが治療に対する自信につながるからではないか。(そんなに昔のことではないけれど)新人の頃に治療に当たった小児の治療は印象深く記憶に残っている。

2015年12月23日

抜かない歯医者はいい歯医者?

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やっぱこういうイメージよね

どうやら当院は「歯を抜かない歯医者」と思われているらしい。
それって歯医者なら名誉なことじゃないの?と誰もが思うだろう。

けれど、私は手放しで嬉しい気持ちはない。「歯を残してくれる歯医者」と思われる方が遥かに嬉しいし、名誉に感じるし、そう思われたいからである。

『歯を抜かない=歯を残す』であればいいのだけれど、患者さんの認識がそうである確証はない。

意地悪な見方をするが、歯を抜かない歯医者になるのは簡単である。とにかく抜かなければいいのだから。「消炎処置で炎症を引かせたら即座に抜歯しなくはならない」ような、保存を図ろうとするとデメリットしかないような悪い歯であっても、抗生物質と鎮痛剤の薬漬けにしてしまえば抜かずに済む。いずれは慢性化して痛みや腫れも引いてくるからである。自然に抜けるかもしれないが、術者は抜いていないので「抜かない歯医者」ではいられる。

抜いてもおかしくない歯を残していける歯医者こそ本物であろうし、そうありたいと思うわけである。同時に、抜かなくはならない歯は、その正当な理由を理路整然と説明でき、十分にご納得をいただいた上で、最小限の侵襲で痛みなく治癒をs上手に抜ける歯医者でありたいとも思う。ダメなもんはダメ!なのである。

一方で、「ダメなもんはダメと先生はおっしゃるが、それでもダメもとで残してくれ!」という患者さんもおられる。ダメとわかっていても、なんとか残す方向で挑戦してみたくなったりもするのもまた人情ではあろう。しかしこの願いに付き合って、いい思いをしたことはあまりない。残すことはできるけど、で、どうするの?ってな歯は、支台にも向かないし鉤歯にも向かない。無理に役割を与えても脱離や歯肉の腫脹につながるのみ。ダメなもんは、やはり無理に残しても綻んでしまうものなのである。

いきおい、ダメなもんはダメと怜悧に診断が下せるうえで、歯を救命するための知識と手技(引き出し)を豊かに持ち合わせている歯科医こそが「歯を残してくれる歯医者」といって差し支えないところではなかろうか。格好いいですよね。ウットリ。



…なんていいながら、ダメなもんはダメと分かっている歯をなんとかならんかなあ、アレ、どうにかできんかったんかなあ…と忸怩たらざることしばしば。そして自家歯牙移植に興味津々な今日この頃。
 
posted by ぎゅんた at 22:45| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

語り継がれる「エンドは真面目に取り組めば取り組むほど痛みが出る」は本当か?


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気分転換に海に出かけたら野良猫さんがいました

今回は泣き言編をお送りいたします。こんな情けない歯医者になってはいけません。人のふり見て我がふり直せ。反面教師は偉大なる気づきであります。
若干、不安定な精神状態でお送りいたします。

まとめ
・エンドは唾液と痛みとの戦いだ



エンド大好き!な少数派(であろう)の先生であっても、「エンドのここは嫌い!」な、勘弁してよなポイントは少なからず持っておられるはずです。

エンドは歯科医師の間では、どうも不人気な分野でございますが、その理由はなんだろう。俗っぽいですが、こんなところでしょう。

1.金にならない
2.難しい
3.疲れる、面倒くさい

真剣にエンドに取り組もうとすると、どうしても機材や器具を揃える必要があります※1。弘法は筆を厳しく吟味したに決まってます。そして、いい器具や機材はやはり高価なものです。とはいえ、高価な器具や機材を使えばOKな世界でもない。実際に使ってみて、相性が悪ければ別のモノに切り替えなくてはならないことはままあります。新製品は次々に出てくる。一方でエンドの保険点数は、どう考えても低いと感じざるを得ない※2

エンドは、殆ど目で見えない、手探り感覚の外科的処置ですから、術者のスキルはどれほど高くても高すぎることはありません。狭い口の中の小さな歯の内部の、複雑怪奇な形態をした根管を相手にすることなので、単純に簡単なものではないし、神経を使う治療であります。また、歳をとって根気がなくなってくるとシンドイ処置に化けるようです(親父・談)。


この1~3はともかく、それでもエンドが好きだと思う先生は、ややマゾかもしれませんが、本当にエンドが好きなのです。根管内から感染性有機物を丁寧に除去すれば、夜も眠れない痛みの悪夢から患者さんを解放できること。生体が治癒して治っていく神秘を目の当たりにできること。これこそ歯医者ってな感じの細かい作業が好き…。色々とあると思いますが、きっと、これだけは共通しているであろうことは、「歯科医師しか触れることのできない領域での仕事を行っていることへの矜恃を持っている」ことだと思うのです。さしものブラックジャック先生もエンド治療はできますまい。エンドをしながら、「これだけのことをできるのは、俺ぐらいのもんだぜ!」と思う気持ちのひとつやふたつ、あって然りです。

私に限っていえば「どうだ、このレベルの治療は俺にしかできないぜ!」なんて思うことはありませんが(思いたいけれど)、エンドは歯科医師しかできない特別な聖域の仕事だろうと確信し誇りをもっております。そして、いつかは他人様に誇れるレベルのエンドをしておりますぜエヘンと胸を張って公言できるようになりたいと夢想しております。



前置きが長いのは話の内容に自信がないからでありますが、ここからが本番。
エンドが好きだけど、エンドのここは嫌い!について。

色々とあるのでしょうが、私は「根治後のトテツモナイ痛みの出現」を挙げたくて仕方が無い。きっと、多くのエンド好きの先生が抱いてきた思いでしょうし、エンド好きの先生を困惑させ続ける悩みなのではないかと。とある先輩の忘れられない一言。「真面目にやればやるほど時間がかかるし、そんな場合に限って術後にデカイ痛みが出るのがエンドやねん」。その一方で、手を抜いて適当にやっても、なんかうまくいっちゃったね、ってのがエンドやねん。私もこれには悩んできましたし、同僚や先輩方とずいぶん俎上にのせたものでありました。

今となっては、この悩ましい「痛み」の原因は、見当がついてきている。根治の術後疼痛について、成書ではその原因を「根尖孔外への不用意な刺激」と述べている。確かにそうだけれども、根尖孔外へファイルを穿通させるネゴシエーションや、根管の交通性確保のための根尖部の清掃のためのリカピチュレーションは、根治をする上で避けられ得ない行為。しかし、これで「根治後のトンデモナイ痛み」出現することはまずない。根尖が破壊されて太くなっているところをファイルでブスブスやれば術後疼痛は起こる。・・・それでも、まだ痛みは自制内か頓服一回でOKなレベルだったりする。

トンデモナイ痛みが出るのは、おそらくこうしたシチュエーションであろう。

それは、
・根管内に化膿している残髄や感染性有機物が大量にある場合

・唾液と一緒にネゴシエーションした
場合である。たいてい、下顎の大臼歯で起こる。

エンドに真剣に取り組むと、術者は、空いてない根管を開けたくなる。これはもう条件反射というか使命感が先立っているものだ。なので、根管内の汚染は二の次で、とにかくネゴシエーションしたくてたまらない。そしてまた、防湿が疎かになっていても気づかない。開けさえすれば治せる、その一心で真剣に取り組んでいる。視野狭窄に陥る。めでたくネゴシエーションが出来た。しかし、そのファイルには唾液がついている。根尖に細菌感染した有機質が押し出されるだけでなく、唾液も送り込まれる。この時点では出血も排膿もないわけで、歯科医師は根管に貼薬してシッカリ仮封する。いい仕事ができたぜ。しかし根尖で化膿しない訳がない。いきおい、急化perで腫れる・痛い・仮封外せば排膿、とこうなるわけである。

この時は腫れるわ痛いわ、文字通り心に串が刺さった患者であるわけで、性格が変貌することも珍しくない。「術後に予想される経過を患者に充分に説明しておけば、たとえそうなったとしても『先生の言った通りだ』と納得・信頼してもらえる」という臨床指南もあるが、患者を苛む痛みと不安を軽減することはない(説明が無意味なのではなく、この場合の痛みと不安は凄く大きいということ)。

時間をおけば、この激烈な症状は消退していくが、患者と術者とも相当のストレスに見舞われる点で悲劇と言わずしてなんであろう。まったく有難くないことに、こうした悲劇は、しばしば立て続けに起こりうる。


結局のところ、唾液を根尖に送り込んでしまうことが原因なので、対応策はおのずと絞られる。まず、ラバーダムをすることである。

しかし、ラバーダムができないような残根の根治もあるし、ラバーダムなんぞやってられるかな心理もあるし、開口量が小さくてラバーダムをすると作業スペースがなくなるとか、口呼吸しかできない人にラバーダムは拷問器具であったりする。

その昔、外国の本だったと思うが、ラバーダムがかけられない場合は根治の適応ではないとの記載を目にしたことがある。ドライマウスが厄介な現代病といわれ、唾液は口腔内の環境を維持する保護液である一方で、エンドの世界においてはこれほど憎たらしい存在はない。

唾液コントロールの比較的容易な前歯部や上顎の根治であれば、ラバーダムをせずとも、患歯周囲を清拭・消毒の後、簡易防湿で根管を唾液から守ることは可能であろう。しかし、下顎大臼歯は簡易防湿では心もとないのはいうまでもない。歯質が残っていて4壁性であればクランプかけてウイングの下にロールワッテを設置できてまだマシではあるが、口腔底が浅いとか、舌がでかいとか、すぐ患歯舐めてくるとか、そうした「あるある」因子が作業をとかく不安定にする。

ラバーダムをしたところで細菌が侵入しないわけではないし、完全無菌化を達成できるわけでもないが、唾液の侵入は防ぐことができる。ラバーダムに勝る防湿は、いまだにないのである。



※1
西洋には「男を見極めるには本棚をみればいい、女を見極めるには台所のスパイス棚をみればいい」という格言があります。一流の仕事をする人は、最適化された器具と材料を、正確に綺麗に管理しており、常に最高のパフォーマンスが発揮できるよう、機能的に配置して仕事にあたっておられるものです。例外はないと思います。

※2
保険でペイできないなら自費でエンド、という趨勢でございますが、それは保険医を辞退し、正々堂々と現行の保険制度を批判できるレベルにある先生に限った話でございましょう。月々に少なくない保険料を納めている(自分を含む)国民のことを考えると、保険医であるなら、その範囲とルールの中で、己の信念と妥協点を設定の上で、保険でできる限りのエンドを提供しなくては契約違反ではないかと思います。

保険のエンドは点数が低いと嘆くのは簡単ですし、感情的な文句のひとつやふたつ言いたくもなります。実際、ほとんどの歯科医は文句タラタラです。「文句があるなら保険医を辞められてはいかがですか」な脅し文句上等姿勢の役人もズルいなあと思わないでもない。いつか「お前らに鎖で繋がれ飼われるなんてまっぴらゴメンなんだよフ○ッキン!」と保険医を辞退してやりたいもの。でも、そうすると、保険診療でエンドを望む患者さんとのご縁が乏しくなってしまいます。エンドが好きだと、一本でも多くの根管を自分の手で救いたくなるワガママな感情もあったりするものです。


posted by ぎゅんた at 14:00| Comment(15) | TrackBack(0) | 根治(考察) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする