目下のところ、私はインプラント治療を行っていない。できないのである。
臨床医は治療の引き出しを多く持っていることが望ましいと考えているので、できた方がいいに決まっている。焦る気持ちがないでもないが、まあいいかとも考えている。それには理由があって、だいたいは以下のようである。
1.ほぼすべての智歯を抜歯ができる外科的スキルがない
2.口腔内環境との交通を否定できない点が不安
3.当院に来院される患者さんは、どうもインプラントに興味を示さない
ありていにいえば、埋伏歯抜歯を紹介されるぐらいの腕前がと格好がつかないし、トラブった末の後始末に難点があるし、需要が期待できない(採算がとれない)、ということになる。
顎模型や豚に顎骨には、様々なメーカーのフィクスチャを埋入してきたが、それは生身の人間(患者さん)でないから出来るわけで、実際に行おうとは思わない。インプラントの前に探求すべきコトが山積している。そもそもが、インプラント治療をできるほど、GPとしてスキルや経験があるだろうか。ないと思う。挑戦しないことへの言い訳かもしれないが、もっとGPの基本力が欲しいのである。
なお、私の左下の第一大臼歯は3年前にインプラントに置き換わった。なお、その歯の遍歴は以下のようである。
1.中学生の頃、歯科検診で引っかかって、親父に治療してもらう(1級のゴールドインレー)
2.大学2年生のとき、ダツリして放置
3.熱いものを口にすると、その歯が持続的な拍動痛を訴えるようになった
4.大学の付属病院ばら負担金が0なのを知って受診
5.抜髄後にKP-CR
6.大学6年の時にフランスパンを囓った際に歯冠破折
7.感染根管治療-FMC補綴
8.一年後、慢性根尖性歯周炎で鈍い咬合痛
9.再感染根管治療-ハイブリッドジャケット冠(自作)
10.硬いものを咀嚼時に痛みがあるものの、自発痛はないのでそのまま
11.二年後、排膿、歯肉腫脹を起こす
12.抜歯
13.一本義歯装着(ワイヤクラスプ)
その後、恩師である当時の勤務先の院長に埋入してもらったのだった。
一本義歯の装着感や使用感に大きな不満はなかったが、口を開けた時に見られるのは気が引けた。また、着脱と手入れをしている時に「老い」を意識せざるを得ない点で気が引けた。インプラントであれば、それは気にならなくなりそうだ。一本義歯は、悪くはないが、その時点での私にはデメリットが勝った。また、インプラントがどのようなものか、自分自身が受けることで理解できる部分も多かろうと考えたのである。メリットとデメリットを体感したかった。
結論は正解で、これほど自然に快適に噛めるとは思わなかった。難しい感染根管治療が予想される患歯を「ダメなもんはダメ」と抜歯してインプラントを埋入するのがトレンド(当時は)なのも宜なるかなと思ったものだった。
インプラント周囲炎をおこさないためにより丁寧で綿密なケアが必要かと心配していたが、少なくとも私は、それまで通りのセルフケアで問題を起こしてはいない。すわインプラント周囲の歯肉が急に痛くなって吃驚したことがあったが、スクリュー固定が緩んで生じた隙間が原因の急性発作だった(締め直して以降、もう3年以上経つが、同様の発作は起こっていない)。
ときおり、一般人向けのインプラントに関しての記事を目にするが、そのリスクやデメリットが強調されすぎているきらいがある。そもそもが情報源の怪しげな記事であるが「専門医の本音」として「(患者にはバスバスとインプラントを埋めまくっておるが)自分だったら、絶対に(インプラント治療は)受けない」的なコメントが載るのも常である。「インプラントをする歯医者は拝金主義で、患者に寄り添った治療をしていない」というバイアスを盾にとった歯医者叩き路線ありきなのがバレバレというものだ。
この一年の間に実業家を中心とした業種の人々と話をする機会が少なからずあったが、歯医者は舐められていると感じる。中には臆面もなく「歯医者の先生って勉強してる人、いないでしょ」と述べた人もいる。ぬるま湯業界の人たちと思われている。私が小物だったので歯牙にもかけられなかったことを祈るばかりだが、社会における一定数が「歯医者は勉強していない人種」と認識しているのではないか。
代弁するものではないが、勉強していない先生など、イマドキ、ごく少数だ。
私がお会いしてきたインプラント治療を行う先生方に限った話でいえば、すべからく前向きで素直で意欲的で自信家であった。いつ休んでいるんやろ、と心配になる始末だ。
私の恩師も、そうであった。できないことないんじゃないか?と思えるぐらい、なんでも出来るし、造詣は深いし、頭の切れる人であった。IQに大差があると会話が成立しないそうだが、私はいつも話をしながら「なんでそんな頭いいんやろ…?」と行き場のない念を嫉妬交じりに感じていたものであった。左下6を舌でいじる都度、いつも色々と思い出してしまうし、鼓舞される。
シェークスピアの言葉に「徳はなくとも特あるかの如く振る舞え」がある。優秀でありたければ、その道で優秀な人の真似をするのが一番の近道だ。
私がインプラント治療を行うのはまだ先のことであることがお分かりいただけると思う。困ったことに、その「先」は何十年後かもしれない。
iPadから送信