2015年02月17日

口腔乾燥症(ドライマウス)について

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なったことがなければ、その疾病の厄介さが理解しづらい代表格がドライマウスである。唾液流出量の減少や唾液に生化学的組成の変化により、咀嚼や嚥下や発声が困難となる不満に患者は常に苛まれることになる。いうまでもなく、唾液は口腔内の保湿のみならず、脱灰と再石灰化のバランスを再石灰化方向に傾けう蝕を予防し、口腔内の細菌コントロールし感染を予防し、食塊形成と嚥下、食物の消化を助ける、極めて重要な働きを有している。ドライマウスになることがどれだけQOLを低下させることか知れない。

ドライマウスの原因は多岐に渡るが、臨床的に多いのは生理学的機能の衰えからくる唾液分泌の低下、そして薬剤の長期服用および多剤服用や特定薬剤の服用による副作用としての唾液分泌の低下が多いように思われる。これは中年女性に明らかに多い。また、口腔内環境が不衛生な人、口呼吸の習癖がある人にも見られる。この場合は「言われてみれば、口が乾くかも…」という程度の自覚が多い。起床時の口の乾きを訴える中年男性も多いが、これはイビキに伴う口呼吸が原因だろう。喫煙者にも多い。

歯科におけるドライマウスに対する対応は、これといった決め手に欠けている感じだ。少なくとも、市井のいち臨床医である私にとって、慢性的な口の乾きを訴える患者さんと対峙したとき、その場で主訴を解決できる術を持たない。

まずは患者さんの訴えに耳を傾けるところから始まる。
自己免疫疾患であるシェーグレン症候群でないかを確認し(もしシェーグレン症候群であれば、普通、患者さんはそのことを知っており、唾液分泌と涙分泌の低下によるドライマウスとドライアイについての説明も受けている)、否定されれば、口の乾きによる不満がどの程度のものか拝聴する。なんとなく口が乾く気がする程度なのか、常に飴やペットボトルを手放せないほど苦しい思いをされているのか。また、なぜ唾液分泌量が低下しているかを探っていく。服用している薬剤があるかどうか、どのような薬剤を服用しているか、服用量は。口腔内の衛生状態は良好か。舌所見は。食生活の内容(砂糖含有飲食物の頻回摂取はないか。咀嚼の必要性の薄い、柔らかい食品および流し呑みの可能な汁物を好んでいないか、アルコール過剰摂取いよる脱水はないか等)を確認も忘れてはならない。東洋医学っぽくなるが、全身の健康状態の足を引っ張る習慣がないかも確認しておきたい。冷え性や冷たいもの中毒はしばしば見られる。

結局のところ、歯科医師にできるところは二種類である。まず、唾液分泌量の低下につながっているのではないかと疑われる因子を抽出し、それを指摘し、患者の生活から少しづつ排除して行く原因療法(もどき)と対症療法である。唾液分泌を促す塩酸セビメリン水和物の処方も有効だが、シェーグレン症候群でなければ健保適応外となるのがネックだ(私は、処方したことがない)。口腔乾燥症の病名があれば二種類の漢方薬が処方できるが、唾液腺を刺激する種のものではなく、適当に処方しても効果は望めない。

人口唾液は全く喜ばれない。味が悪いのである。保湿ジェルは扱いが面倒で、また、介護用品のようだとこれもウケが悪い。当院では口乾を訴える患者さんに対して、やくそうの島 天草社のペリオバスターNをオススメしている。これはヒノキエキスその他の天然成分が潤沢な液体歯磨き剤(研磨材・発泡剤は無配合)というべきものだが、持ち運びが容易で衛生的なプッシュ式容器となっている。これを口腔内に液体を行き渡らせるとサッパリするだけでなく、ヒノキの香りが刺激となって小唾液腺から唾液の分泌が促される。こうした性質の液体なので、モイスチャープレート内面に敷くガーゼに染み込ませたりと応用が利くのもよい。実際に、口乾を訴える人に使用してもらったところ好評である。

(健康保険で)口腔乾燥症で処方可能な漢方薬に自虎加入参湯と五苓散がある。常用服用薬が多く、舌苔が白苔か黄苔の場合に薬剤性口腔乾燥症として自虎加入参湯を処方することがある。また、水分代謝が低下して水毒をきたしており、舌に歯痕や胖大がみられる場合に五苓散を処方できる。

他、口呼吸の人は、鼻呼吸へ。冷え性の人は、冷えの改善をして全身状態の底上げをはかる。できることは限られている。口が乾くからとシュガー入りの飴や飲み物を携帯しているのであれば、即座にやめさせる方向にもっていかねばならない。

頭頸部への放射線照射による唾液腺へのダメージに伴う口腔乾燥症のケースに限り歯科特定疾患療養管理料(特疾患)150点を月二回を限度に算定できる。


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posted by ぎゅんた at 18:51| Comment(23) | 根治以外の臨床 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月12日

書評「英語達人列伝」斎藤兆文 著 〜野口英世と歯科医のとのつながりの濃さ〜


「日本人は英語が苦手だ」という通念など、信じるに足らない。かつての日本には、驚嘆すべき英語の使い手がいた。日本にいながらにして、英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけた「達人」たちは、西洋かぶれになることなく、外国文化との真の交流を実践した。岡倉天心、斎藤秀三郎、野口英世、岩崎民平、白洲次郎ら、十人の「英語マスター法」をヴィヴィッドに紹介する本書は、英語受容をめぐる日本近代文化史を描きだす。

 時を忘れて読み耽ってしまうほど面白い本。英語教育など全く存在しなかったといって差し支えない時代に生きていた偉人たちが、実は英語の達人であった姿を有名なエピソードを交え伝記風に書き上げられている。

 この本に登場する人物らは英語の達人であったが、彼らがそうなれた理由は、尋常ならざる量の多読と英語への不断の努力にあったことが繰り返し述べられている。無論、天性の才もあったであろうが、それにしても努力の桁違いさに畏怖の念を抱かされることであろう。それだけ努力すれば英語の達人になるもむべなるかなと思う一方、それだけの努力を費やさねば英語を習得することなど夢想なのだと思い至る。外国語の習得は、世間がいうほど容易ではない。

 面白いのは、彼らは全員、おしなべて国語力も高かったことである。思考が母語によって司られているのであれば、外国語を高度なレベルで理解し使いこなすためには、高度な国語力が要求されるというところだろう。確かに英語の翻訳にしろ筆記にしろ、まず日本語で正確に意味を理解していないとうまくいかない。ここに私は「国語力もままならんで英語の早期教育なんぞアホ(意訳)」と述べられている「国家の品格」の一部分や夏目漱石が英語教師だったことを思い出すのである。

 この本を読んで私がハッとさせられたのは、野口英世が我が国の歯科に深く密接していたことだ。偉人の立身出世には例外なくパトロンの存在が認められるものであるが、野口英世のパトロンは間違いなく血脇守之助である。血脇は歯科医師であり、本邦の歯科医学に尽力した傑物である。彼の度量と器が狭隘であれば野口英世の栄達はなかったのは間違いないところである。そして、今日用いられている歯の解剖学用語のなかには、当時、血脇に従事し東京歯科医学院に身を置いていた野口英世がフランス語の歯科医学書を翻訳したものが認められるそうである(具体的にどの用語かは不明)。野口英世が歯科に興味を抱いていれば今日の歯科の立場もまた変わっていたであろうと思うと興味深いが、少なくとも当時の歯学は野口の出世欲を満たす投機の対象にならなかった。事実、彼は医学で一旗あげるために当時の華型であった細菌学に身を投じるのである。

 この本の第Y章「野口英世」の頁数とこの本のテーマ上、野口の人生の軌跡と人間的魅力については踏み込めていないが、彼の語学学習に対するスタイルは多いに参考になるところがある。英語だけでなく、独語、仏語、中国語、露語、西語に明るかったというからとんでもない人物である。なお、語学の達人であった野口もまた、国語力に秀でていたことが明らかである。この本では特に言及がないものの、野口は文才を感じさせる味のある文章や言葉を残しており、また非凡な美術センスを有していた人物としても知られる。
 
posted by ぎゅんた at 20:28| Comment(2) | 書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

根管洗浄剤について調べてみる 〜翻訳コンニャクを持って来い〜

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根管洗浄の重要性は、エンドに臨床に携わる臨床家は誰であれ痛感しているところである。我が国では、根管洗浄は「次亜塩素酸ナトリウムとオキシドールの交互洗浄」が教科書的であるが(今は違うかも)、交互洗浄は、グローバルの観点からすると既にトレンドから外れたテクニックである。

根管洗浄に関して、用いるべき溶剤や組み合わせ、注意点について、少なくとも私はあまり明るくない。これは今回参照した論文のアブストラクトにも書かれていたが、最近のエンドは、とかくNiTiファイルを用いた根管の形成に注目が集まりがちで根管洗浄がなおざりに付されている傾向にある。根管洗浄はエンドの成功の重大な鍵であると唱えられているのは小林千尋先生であるが、私もそうだと思っている。

世界のエンドと日本のエンドを同じ土俵にのせて全てを比較することはナンセンスであるが、エンドの臨床上、知っておくべき知識は共通している。ここで私は、読める範囲の論文から根管洗浄について知識を整理することにした。選んだ論文は、少なくとも根管洗浄の総論的な内容のもので、文体も平易なものである(母語が英語でない人の論文が読みやすい)。



参照した論文のサマリー(拙訳)

[1]Siju Jacob Root Canal Irrigation
根管洗浄は、根管治療の中でおそらく最も軽視されている手順である。ほとんどの記事論文症例発表は根管形成の手順を最重視していて、根管洗浄はなおざりである。結果として、根管洗浄剤のタイプやプロトコール、方法についての周知が遅れている結果になっている。この論文の目的は、根管洗浄剤と根管洗浄法、根管洗浄の手順について論じることである。

[2]Edgar Schäfer Irrigation of the root canal
根管系は、もし根尖性歯周炎になれば微生物の入植を受ける。目下のところ、これらの微生物全てを機械的器具操作にて完全に駆除することは不可能である。それ故に、歯根内の感染を根絶する根管洗浄剤が求められている。この記事では、最も頻用されている根管洗浄剤の異なった反応と相互作用が議論され、臨床プロトコールが提案されている。少なくともふたつの根管洗浄剤が、根管内微生物を最も効果的に減少させることから、使用されるべきである。

[3]Soumya Abraham, Dr.James.D.Raj, Murvindran Venugopal Endodontic Irrigants: A Comprehensive Review
根管洗浄は長年に渡って根管治療時に合同して結果を出してきた。根管洗浄の主たる理由のひとつは、根管充填に先立って根管内の清潔性を保証することである。根管の清潔性とは、細菌の除外と有機質の除去のふたつにある。次亜塩素酸ナトリウムは、様々な要因のリスクががあるものの、根管治療で最も使用されている溶液である。他に用いられている根管洗浄剤に、クロルヘキシジン、MTAD、EDTAとクエン酸があげられる。この記事は、根管洗浄剤とそれらの使用時に起こりうる合併症について書かれた入手可能な文献を論じるものである。



Sodium Hypochlorite(NaOCl):ヒポクロリット、次亜塩素酸ナトリウム水溶液
1920年から根管洗浄剤として用いられてきた。現在に至るも、根管洗浄剤の実質上のゴールドスタンダード。次亜塩素酸ナトリウムは水中で、次亜塩素酸イオンOCl- とNa+に解離する。pHが4-7の範囲で次亜塩素酸HClO が優位になるものの、pH9以上では次亜塩素酸イオンが優位となる。ヒポクロの有効成分は、この次亜塩素酸イオンと次亜塩素酸のふたつであるが、抗菌性は次亜塩素酸が遥かに優っている。ただし次亜塩素酸を優位にするためには、溶液が中性から酸性に傾いた状態でなくてはならず、また有毒な塩素ガスが発生する。実際に臨床的に用いられるヒポクロはアルカリ性であり、従って、抗菌性は次亜塩素酸イオンに依存している。

根管治療では、0.5-5.25%の濃度で用いられることが多い。有機質溶解作用は濃度が高い方が有利とはいえ、濃度依存的に生体為害性が上昇する。かつ、1%の濃度であっても、十分な有機質溶解作用がある。目下のところ、臨床で推奨されているヒポクロの濃度は0.5-1.0%である。そして、ヒポクロの濃度に拘泥するよりも、治療中の根管には常に新鮮なヒポクロを供給することが重要である。

難治性根管でしばしば分離されるエンテロコッカスフェカーリスやカンジダアルビカンスは、ヒポクロに対し強い抵抗性を示す。


長所
・優れた有機質溶解能
歯髄
壊死組織
スメア層中の有機質成分

・幅広い抗菌スペクトル
・バイオフィルムを破壊する
・LPSへの中和作用や不活性化が期待できる
・優れた潤滑作用
・安価
・長期保存性に優れる(密閉容器で冷蔵遮光保存を推奨)

欠点
・スメア層は除去できない
・根尖歯周組織に押し出すと重篤な炎症反応を惹起する
➡M.Hulsmann と W.Hahn は根尖外にヒポクロが溢出すると、患者は鋭く強い痛みと速やかな腫脹感を覚えるという。同論文では、上顎左側第一大臼歯で根尖歯周組織へのヒポクロの溢出が原因で眼窩下領域での血腫形成を伴う、患歯根尖から下顎角の間にかけての腫脹についても報告している。こうしたヒポクロの事故の原因のほとんどは、作業長設定の誤りと、根尖孔の医原性破壊、穿孔、洗浄針の根尖外へのオーバーに起因している。

・稀だが、アレルギー反応を起こす(過敏反応)
・高濃度になると臭気が強い
・金属器具を腐食する

ヒポクロの効果を増強するには
・加温
➡ヒト歯髄の溶解で比較するなら、1%のヒポクロ45℃と5.25%のヒポクロ20℃が同等である。NaOCl加温器としてコーヒーカップウォーマーを用いることができる。使用直前に加温し、加温したヒポクロは再利用できないから破棄しなくてはならない。

・超音波攪拌
➡NaOClが超音波振動によって加温するだけでなく、音響流によって根管内の細かな枝々まで届く。洗浄用エンドファイル(チップ)は根管洗浄壁から離れているべきである。もし#15のチップを用いるなら、アペックスを最低25号まで拡大し、作業長マイナス1mmの位置で使用する。

・十分な作用時間を確保する
➡NiTiファイルの台頭により、根管形成に要する時間が劇的に短縮されたことが、NaOClのトータルの作用時間の不足につながっている。根管内の歯髄を完全に溶解するには少なくとも40分が必要。作用時間不足は、特に側枝へのアプローチ(科学的清掃)が不足する原因になる。

・十分な量を用いる
➡各根管で合計10-20mlぐらいは用いる



Ethylenediminetetraacetic acid(EDTA)
17%(pH:7)のEDTAがスメア層除去に効果的である。抗菌作用は全く有しないが、生体適合性が高い。根管内での長時間に及ぶEDTAの貯留は、根管象牙質を弱体化する可能性があり、それが原因で機械的拡大時に穿孔をきたすリスクが増加するかもしれない。スメア層が除去され、象牙細管が開口すると、ヒポクロの高い効果が期待できるようになる。

スメア層の除去は根管系の消毒を促進する上で極めて重要なステップである。第一に、スメア層内に封入された細菌が除去され、根管の清潔性が改善されるからである。次に、スメア層除去が象牙質深部への薬剤効能(抗菌作用)を改善するからである。それゆえ、EDTAは根管洗浄に使用されるべき溶剤である。

スメア層を除去する方法として、最も推奨されている手順は、ヒポクロにて根管内を洗い流したあとに17%のEDTAで一分間洗浄することである。

EDTAはヒポクロと混じっても脱灰作用を有したままであるが、ヒポクロはEDTAと混じることでその有機質溶解作用を失ってしまう。それゆえ、EDTAとヒポクロは分けて使用するべきである。

スメア層除去有効な洗浄剤には、他にクエン酸(1-10%)が挙げられる。効果効能や使用上の注意もEDTAと同じである。



Chlorhexidine:クロルヘキシジン
歯周病治療やう蝕の化学的プラークコントロールと幅広く用いられている有力な消毒剤。歯周病治療では0.1-0.2%濃度で用いられるが、根管洗浄では2%濃度で用いられるのが慣例である。

有機質溶解能が一切なく、グラム陽性菌には効果的だがグラム陰性菌にはあまり効果的ではない。従って根管洗浄剤の第一線の主役にはなれず、ヒポクロの補助的役割を担う。グラム陽性菌とE.FeacalisC.albicans に有効であることから、感染根管治療での使用が推奨されている。また、根管の最終洗浄に用いると効果的であろう。

長所
・ヒポクロと比較して E.Feacalis に効果的
➡クロルヘキシジンと過酸化水素水との組み合わせにより、象牙細管内のE.Feacalisを、ヒポクロ単独やクロルヘキシジン単独よりも効果的に減少させられるとする報告がある。この相乗効果は、詳細が解明されたわけではないが、クロルヘキシジンが細菌の細胞壁を変性させ孔を穿ちスカスカにすることで、過酸化水素が細菌内に浸透し、DNAのような細胞内小器官にダメージを与えているのだろうと推測される。現在のところ、この相乗効果の可能性を調査した臨床報告がない。

・in Vitro で、C.albicans に著効する結果を出す
・歯牙硬組織への化学的親和性があり、「持続性」と呼ばれ延長した抗菌作用を有する
➡クロルヘキシジンで10分間の根管洗浄後、抗菌作用が12週間に渡って認められたとする報告がある。根管洗浄後も、抗菌作用がより長く続く唯一の洗浄剤である。


欠点
・有機質溶解作用とスメア層除去作用なし
・LPSへの中和作用なし
・アナフィラキシーショックの危険性
・ヒポクロと混じることで、難除去性のP-クロロアニリン(オレンジブラウンの析出物)が生じる



Hydrogen peroxide
過酸化水素は熱や光で分解してしまうほど化学的に不安定である。歯科領域では様々な濃度で用いられるが、根管洗浄で用いられるのは3-5%濃度である。ヒドロキシフリーラジカルが細菌や酵母菌やウイルスに殺菌的に作用する活性薬剤で透明無臭である。

抗菌作用や有機質溶解作用はNaOClと比較するまでもなく弱い。過去、過酸化水素水は、ヒポクロと組み合わせて用いる(交互洗浄)ことで、根管内細菌の減少と根管の清掃に極めて優れていると考えられていた。しかしながら、それは科学的に立証されていたわけではなかった。交互洗浄はNaOClの抗菌性と有機質溶解作用を減少させているにすぎないとする報告が幾つか認められるが、実際に、この二つの溶液を混ぜても、化学反応が生じて発泡するだけである。

このときの化学反応式は

H2O2 + NaOCl →O2 + H2O + NaCl

となり、明瞭な相乗効果は期待できない。
最近の研究結果から、過酸化水素は、組み合わせるのであればクロルヘキシジンがよいであろうとはいえる(ただし、詳細が明らかになっているわけではない)。
結論すれば、過酸化水素水は他の根管洗浄剤に比べ際立って優れているであろう科学的根拠はない。



Iodine compounds (ヨード化合物)
ヨード化合物は殺菌性で、殺真菌性で、殺ウイルス性で、結核菌殺菌性で、殺胞子性を有する。根管治療ではヨウ素ヨウ化カリウム(IPI)が使用されてきた。ヨードの主たる長所は、ホルモクレゾール(FC)やカンファーモノクロロフェノール(FMCP)、クレセチン(C)よりも毒性と刺激性が低いことである。

ヨード化合物には重大な欠点が二つある。まず、アレルゲンの危険性が高く、常にアレルギー反応のリスクがつきまとうこと。もう一つは、根管内の象牙質粉や象牙質複合体のような物質がヨード化合物を根管洗浄剤としての特性を妨げることである。小さな欠点を加えて挙げれば、ヨードの象牙質への着色がある。

こうした理由から、ヨード化合物は根管洗浄剤に第一に選択されることはない。



MTAD(Mixture of Tetracycline citric Acid and Detergent)
主成分にテトラサイクリン、クエン酸、洗剤(界面活性剤?)。
pHが低いためスメア層除去に効果的で、ヒポクロ存在下で根管拡大・形成がなされた根管に限り有機質溶解効果が発現すると報告されている。MTADの有機質溶解作用はヒポクロ存在下で機械的拡大がなされた時に限定されているのは興味深いところであるが、それゆえに、1.3%のヒポクロを根管に満たして根管形成した後にMTADで根管洗浄することが推奨されている。



Phenolic-compounds(フェノール化合物)
フェノール化合物は、歯髄鎮静やう窩の消毒、根管貼薬剤と、幅広く歯科臨床で用いられてきた。根管洗浄剤として用いるには、刺激が強く毒性が強い(薬剤が全身に分布する)ので効果的でないことが分かっている。フェノール化合物は、根管治療への生物学的アプローチの面で両立しないものと評価されている。従って、フェノール化合物は時代遅れの産物にすぎず、この論文でもこれ以上、論じられるとはない。



Alcohol(95%エチルアルコール)
根管充填前にアルコールで根管内を洗い流すことがある。この論拠は、アルコールが根管洗浄剤やシーラーの表面張力を減少させることにある。表面張力の減少は、象牙細管へのシーラーのぬれが向上することである。アルコールが象牙細管に広がることで、揮発により根管が乾燥する。

最近の研究で、根管充填前の最終洗浄に95%エチルアルコールを用いることで、シーラーの浸透が増加し、そのためにリーケージが減少したことが示された。このことを支持するように、根管充填前にアルコールで洗い流すことで、ペーパーポイントで乾燥した場合よりもシーラーの塗布が良好であったとする報告がある。

それゆえに、根充による封鎖性の向上のために根管充填直前に各根管を約3mlの95%エチルアルコールで洗い流すことが推奨されると言って良いかもしれない。



根管洗浄のプロトコール
・根尖部は、少なくとも35号以上に拡大されており、洗浄針の太さは30ゲージを用いるべきである
・髄腔開拡の後、ヒポクロで根管を洗い流す。根管はヒポクロの作用時間を少しでも稼ぐために、常にヒポクロで満たされているべきである。これは同時に、ヒポクロが潤滑剤としても作用することから、機会的拡大をより効率的にする
・号数をあげるごとに、各根管に2-5mlのヒポクロを用いる。機機械的な根管拡大形成時は常にヒポクロが使用されているべきである
・根管形成が終わったら、各根管を5mlのEDTAで一分間洗浄する
・この後にヒポクロで洗浄すると、EDTAの中和と開口した象牙細管内部までヒポクロの浸透が期待できる
・(任意で)特に感染根管治療で、ヒポクロを水で洗い流したあと、2%のクロルヘキシジンで洗浄する
・(任意で)根管充填直前に、各根管を3mlのアルコールで洗い流す



注釈
EDTAで脱灰したあとにヒポクロを作用させることに拘泥すると、健全な象牙質有機質をも分解してしまい、かえってダメージが大きくなると考えられるようになってきている。現在では、EDTA⇒ヒポクロ⇒EDTA順序が推奨されている。

 
ラベル:根管洗浄 論文
posted by ぎゅんた at 23:58| Comment(4) | 根治(実践的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月05日

案外に印刷代も馬鹿にならんかもしれん

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専門書は、一般書籍に比べ販売数が期待できないので単価が高い。

本を一冊出版する大変さは知っているし、その提供される情報量に比してほんの価格は安すぎると感じる。高いか安いかは、その本が、その時の自分にどれだけ有益な情報を与えてくれるかで決まる。また、たとえ「これはハズレだったよ…」と肩を落とす結果であったとしても、今後、自分のレベルが上がることで内容を理解し、膝を打つことになることもある。本はいいものだから、気になった本はとにかく手元に確保しておきたくなるものだ。

…なのだけれども、専門書をいざ購入!となったときの初期投資の大きさだけはいかんともし難い。図書館から借りて読んだり、所有している人から拝借できれば良いのだが、残念ながら歯科の専門書はそのような融通性に乏しい。

そんなわけで、知識のアップデートを本以外から得ようとなると、それに関する論文を読むのが手っ取り早い。そして、ネット上にはタダで閲覧できる論文が無尽蔵である。pdfデータになっていることも多いので、ダウンロードすればタブレットで好きな時に読むこともできるし、プリンタで印刷できる。現代とは、なんと便利で恵まれた時代であろうか。

ここで注意すべきは、タダで読める論文もあれば、そうでないものもあることだ。そして、英語論文なので翻訳と理解のためにリーディング能力が要求されることである。タダで読めないものは、諦めるか、有料で読むか、文献複写サービスを受けることになろう。リーディングは、もう自前でなんとかするしかない。論文をコピペで翻訳エンジンに突っ込んでも、残念な結果になることはご周知の通りだからである。

英語劣等生の自分にとってありがたいことに、学術論文は、英語が苦手でも読みやすいようにできているそうである。世界中の人々に読んでもらい理解を得ようとするとき、文章が無駄に難解すぎてはいけないし、読み進めにくい構造をしているのも好ましくないからである。そもそも読みにくい論文は審査ではリジェクトを喰らう。特に、母語が英語でない著者の論文は読みやすい傾向にある。全文をスラスラ訳すことは到底できなくても、要点を拾っていくことは不可能ではない。

論文は Google scholar でキーワードを入力して探すのが簡単。興味を惹かれるタイトルの論文がヒットしたら、アブストラクトを読んでみよう。


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posted by ぎゅんた at 21:22| Comment(0) | 書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月03日

歯髄焼灼〜コスモデンタルサージ

#12コスモデンタルサージ-歯髄焼灼による熱変性させた歯髄.jpg

 購入以来、ルーチンにエンド診療に用いているコスモデンタルサージ。

 この機器をエンド治療にどう用いているかというと、

1.根管に挿入しているファイルに通電して、熱で歯髄組織を変性させる
2.根管に挿入しているファイルに通電して、熱消毒をはかる
3.残根や歯肉縁下の根管で、内翻した歯肉を「メス」で切除する

およそこのようなところである。

 電メスと同じように用いることが可能なのは嬉しいところだが、総合的な性能が一般的な電メス機(モリタのプログなど)に比べると劣るのはやむなし。このコスモデンタルサージの最大の魅力は、根治中のファイルに通電させれば良い手軽さと、根充前の根尖の熱消毒が頼もしいことであろう。

 抜髄にしろ感染根管治療にせよ、歯髄組織に通電すれば歯髄が熱変性する。高周波通電による発熱は、抵抗の強い部分で生じる。この理屈に沿えば、閉鎖空間である根管内に置いては、根管最狭窄部である生理学的根尖孔や側枝部で発熱が生じ、歯髄組織が熱変性することになる。歯冠側と根尖孔外では抵抗が小さくなるため発熱は生じない。少なくとも、ファイルが根管内にあるなら、通電で根尖孔外にダメージは及ばない。熱変性が理想的にいくと、通電後に変性した歯髄組織が一塊で除去が可能になる(快感)。

 統計をとっていないのでエビデンスもヘチマもない話であることをご容赦願いたいが、個人的な感触からいえば、コスモデンタルサージを用いることで抜髄後の残髄の発生と根治後の術後疼痛の訴えが減ったのは確かである。

 決して安い機器ではないが、エンド以外にも器用貧乏的に臨床応用が利くので、興味がある先生は導入を検討されると良いと思う。なお、EMR、超音波スケーラー、電メス、歯髄電気診断機らと同じくペースメーカー装着患者さんには使用できない。
 
posted by ぎゅんた at 22:51| Comment(0) | 歯科材料・機器(紹介・レビュー) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする