2013年07月30日

"Surely You're Joking, Mr. Feynman!"



探しものがあり学生時代の荷物群の中を漁っていたところ、懐かしい本を発見した。「ご冗談でしょう、ファインマンさん(上・下)」である。大学二年生の頃に購入した記憶がある。まだ一般教養と専門課程が混在している時分であった()。

リチャード・フィリップス・ファインマンは、面白すぎる米国のユーモラス物理学者である。本の中身は、そんな彼の生い立ちや人となり、楽しいエピソードがてんこ盛りとなっている。読み進めるうちに、彼がどれほど物理学を愛しているか、知的好奇心と知的快楽に首ったけになっていたかが分かる。

学者たちは、研究が楽しくて仕方がないという。第三者から、少し休んだらどうだと心配されるぐらい研究づくめの毎日である。それは、研究自体が楽しくて仕方のない、当人にとっての快楽そのものであるから他ならない。古来より、偉人(学者、哲学者など)は安楽な快楽に耽ることを戒めてきたが、それは模範的回答として聖人ぶっているわけではない。知的快楽に比べれば肉体的快楽は質の低い快楽にすぎないと達観しているからであろう。誰しも一度は、パズルや思索、学問で「ハマった」瞬間に脳内に溢れ出る快楽物質に酔った経験があろう。なるほど、あの快感は確かに知的快楽だ。それも極めて健全な…もし人為的に強制的に類似の快感を得たければ麻薬に手を出さねばなるまい。しかしそ行為が健全であると思う人はいない。だから、学問はとても楽しいものだ。健全で、建設的で、生産的で、なにより、当人に病みつきになる快楽をもたらすからである。

私に限らず、歯科医師はみんな、生涯、勉強をし続けなくてはならないと思っている。どの分野でも、基本的に知識は時間と共に過去の知識になっていく。情報を常にアップデートしていかなくてはならない。勿論、「新しい情報」すべてが有益になるわけではなく、消えゆく運命にある情報も多い。商業主義に躍らされた誤った情報や倫理的・道義的に首を傾げざるを得ない情報も多い。有益な情報かそうでないか。それらを素早く自分で判断できる見識がなくては情報に振り回されてしまう。これを支えるのが、ベーシックな基礎知識(教科書的な一般歯科医学)と臨床経験から得られた実地的見解であろう。とはいえ、最も重要なのは、歯科医師本人の意欲と情熱ではなかろうか。現状に上書きしていく知識・新しい情報を自分のものにするためには、現在の立ち位置から一歩を踏み出さなくてはならない。それには普通、大きなエネルギーを要するからである。億劫に感じるのである。人は現状に満足してしまうと足を止めてしまうがちである。歩くのを止めて足場を固めるのも重要だが、いつまでも足踏みしているわけにはいかない。

…こう考える私も、いつも常に勉学するエネルギッシュな気に溢れているわけではない。勉強する気に全くならない時も多いし、仕事が嫌で逃げたくなる時だってある。「仕事が楽しくて仕方がない」とか「患者さんに感謝されるから仕事を続けることができます」と格好いいコメントのひとつでもしたくなるが、あいにく、そこまで人格者でもない。感謝されれば嬉しいが、不満足な形だけの治療をして感謝されても虚しく感じる。それぐらいならむしろ、患者さん自身はサッパリ理解出来ないし感謝もしないが、自分からみて最善を尽くして最良の結果が得られた症例の方が遥かに嬉しい。自分自身が承知納得できる仕事ができたのであれば感謝されなくても構わないと思っている。達成感で満腹になるのである。理想的には、術者は持てるすべてを尽くし、最善の結果を得て、患者さんから感謝が得られ、治療が成功したことを共に喜び合うものなのだろう。そこでは、術者の能力は、ただ患者さんの満足を実現するためだけに存在するのであり、術者の治療技術云々は特別に問われない。まるで空気のように当たり前のようにそこに在るのである。とても格好いいし憧れるが、私はまだその境地への入り口にも達していない。

大いなる目標が遠くにあれど、目的地はわかっている。だから、着実に歩み続けて行こうと思う。
歯科の勉強すべてが楽しくて仕方がないとか、寝食を忘れ仕事に没頭するほどの情熱はないけれども、倦まず弛まず鍛錬を積んで行きたい。歯科の治療は、本質的には「指が動いてなんぼ」の職人的要素が多大きいので、処置が上手にできるようになると好きこそ物の上手なれで、単純に仕事が楽しくなってくるものだ。それで結果として自分が承知納得でき、患者さんから感謝されればしめたものである。どんどん頑張りたくなる。繁栄のスパイラルである。果てしないその延長に、自分の技術がただ患者さんの笑顔みるためだけにあると達観するようになるのだろう。実に格好いい話である。

私は冒頭に紹介したファインマンや、世の学者たちのように「研究が楽しくて仕方がない」ほど仕事が好きな人間ではないが、もっともっと、誰よりも治療が好きになっていけるよう、上手に処置ができるよう、頑張って行きたいと気持ちはある。

こういう気持ちがなくなって、勉強する気もなにも無くなったときは仕事をリタイアするときだと思っている。身体がついていける限り現役で頑張り続ける未来があるかもしれないし、己の歯科治療に心胆満足してキッパリと足を洗い、趣味に生きる未来があるかもしれない。その道半ばにして病気や事故でリタイアするかもしれない。目標は決まっているので歩き続けることにしよう。歩くのが遅くても回り道をしていても、私の中の目的地は変わらないのである。



※)
一般教養。母校での一年生は専門課程とほぼ縁がなく、一般教養講義だらけであった。このカリキュラムは、おそらく今もそう変わらないのだろう。歯科医師になることを夢みて入学した学生を待っているのは、専門課程と縁がない(ようにし思えない)高校生〜受験の勉強思い起こさせる講義なのである。一般教養が、将来の専門課程と分野の礎となる重要なものである位置づけは理解していても、しかし、未来に向けやる気に満ち溢れている学生冷や水を浴びせかけるカリキュラムなにしか思えず、いまだ理解できない。義務教育と高等教育課程、受験を経て入学してきた学徒にはもう不必要な存在にしか思えない。実際に国家試験で一般教養課程の問題が出てくることはない。学生時代の我々(同級生)は、歯科大学は、その名を偽った専門学校であるとしばしば自虐的に表現したものであった。
posted by ぎゅんた at 19:48| Comment(0) | 書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

ホームホワイトニングあれこれ

bleeching_image.jpg
カタログ写真は必ずGAIJIN!

最近、ホームホワイトニングの患者さんを担当する機会が多い。

エンドのブログだがネタ切れなので、ぎゅんたが知り得ているホームホワイトニングの知識にってグダグダ述べようと思う。なお、真新しい情報はなにも無い模様


ホームホワイトニング(ホームブリーチング)について

何をどんな風に
昔も今も、国産の10%過酸化尿素のホワイトニング剤※1)を用いている。
どちらの製品であれ、使用方法が同じなら漂白効果に差は無いと思っている。

ホームホワイトニングのセミナーやいろいろな先生方と意見交換をしてきたうえでの結論話となるが、トレーの装着時間は最低6時間が必要である。それを毎日、一ヶ月続ける。ベースシェードがA3であれば、うまくいけばB1になる(個人差が大きい。シェードガイドはVITAPAN)。

漂白期間中は着色しやすい食べ物の飲食を(教科書的にも)禁じているが、そうすると修行僧のような食生活になるのでQOLが下がり現実的では無い。別に摂食しても問題なく漂白効果は発現するが、摂食しない方が漂白効果が高くなるので、トレーを最低6時間装着して外したあとの2〜3時間ほどは(着色しやすい食べ物の)飲食を避けるようにする。

装着中は飲食できないので、夜間就寝時の着用を推奨する。


過酸化尿素と過酸化水素 そして漂白効果
10%過酸化尿素は、体温と唾液の分解を受け3.6%の過酸化水素になる。
過酸化水素からは、弱いフリーラジカルとペルヒドロキシルが発生し、これらが着色有機物の分子鎖を切断して無色化させる。漂白の本体は過酸化水素である。

過酸化尿素⇒過酸化水素+尿素
​H2O2⇒H+HO2(ペルヒドロキシルラジカル) & H2O+O(弱いフリーラジカル)

過酸化水素から遊離するラジカルは極めて小さいため、エナメル質のエナメル叢、マイクロクラック、エナメル葉といった"通路"を浸透するように通過することができる。この通路内やエナメル質全層にわたるエナメル小柱鞘の有機物がまず分解されて行くことになる。そしてラジカルがエナメル-象牙境に達すると、漂白の効果はより活発になる。明度が目に見えて上昇するのはこの時期からであると考えられる。

ホームホワイトニングを開始して最初の一週間は歯牙の明度はほとんど上昇しない(漂白の準備期間だから)が、それ以降は徐々に漂白の効果が現れ明度が上昇する。従って、ホームホワイトニングを開始して一週間後にオフィスホワイトニングを適応すると高い漂白効果が得られるし、継続するホームホワイトングの効果もより確実になると思われる(私は「ホワイトニングのドーピング」と呼んでいる)。


過酸化水素に害があるのでは?
過酸化水素自体が酸化力の高い合成物であるから。潜在的な発癌性を完全に否定できない。従ってジェルを飲み込むのは避けるべきであり、トレーの辺縁からはみ出たジェルはティッシュでふき取る必要がある。とはいえ、肝臓で日常的に産生されている過酸化水素の量と筆比較すると約1/2000の量に過ぎないため、殆ど無視してよいと考えられている。


過酸化水素の漂白効果を高めるには
・PMTCを徹底し、漂白する歯面から有機物を徹底的に除去する。このことにより、薬剤の有効成分の無駄を少なくする。
・過酸化水素の濃度は高い方が当然効果も大きい。ただし、低濃度であっても時間をかけて作用させることで同程度に効果を望むことが出来る(特別なことがない限り、低濃度で長時間作用させるのが基本)。
・アルカリ環境下で化学反応させると効果が高くなる。歯面に水酸化ナトリウムや水酸化カルシウムを塗布するなどで効果が高くなる可能性がある。
・光と熱。歯面の温度を上げることで化学反応を促進させる。10℃上がれば反応速度は2倍になる。ただし熱により歯髄炎が惹起される危険性がある。
・空気との接触を遮断する。過酸化水素は大気中に飛散する(オキシドールの瓶の蓋を開けっ放しにしておくとか酸化水素が飛んで水になってしまう)。ホームブリーチはこの点で、反応域を密閉しているため低濃度でも十分な効果が期待できるようになっている。オフィスブリーチングの場合は、通常、歯面に塗布した薬剤にカバーをかけることはないので、歯面に拡散する過酸化水素の量に乏しいと考えられる。


絶対的禁忌
・無カタラーゼ症
過酸化水素を分解するカタラーゼを持っていないので、飲み込んでしまった薬剤が体内に蓄積してしまう。分解されないか酸化水素は、口腔内や血管内の赤血球に作用して進行性口腔壊死などの症状を招く。オキシドール(3%過酸化水素を血液や歯肉溝滲出液に触れさせ、発砲するか否かで確認できる)
・漂白剤やラテックスに対するアレルギーがある人
・金属塩による着色歯

相対的禁忌
・妊婦
科学的な証拠はないが、妊婦は当然、リスク的観点から薬剤を避けるべきである。
・小児
可能であるが、必要性が低い。


漂白に伴う不快症状〜知覚過敏様症状
教科書には「漂白により知覚過敏が出現する」と記載されていても、そのメカニズムの説明は無い。
象牙質内に浸透したラジカルが象牙細管内の細管内液〜自由神経終末にアタックするためと思われる。漂白の効果が象牙質に及んでいる証拠と考えてよいだろう。

漂白により、冷たいものに歯がしみる様になった、という患者さんもいれば、なんの拍子も予兆もなく一過性の歯髄炎様疼痛に襲われると訴える患者さんもいる。私自身(のホームホワイトニング)は、開始して3週間後あたりから後者の疼痛をしばしば体感した。これはいつ起こるか分からない痛みなので(分かっていたこととはいえ)しんどいものであった。外国では漂白期間中に鎮痛剤を服用するらしいが、この痛みの対策かもしれない。

痛みの発現には個人差があり、全く訴えない患者さんもいれば、痛みに耐えかねてホームホワイトニングを中断する患者さんもいる。ただし中断しても、既に象牙質内に浸透したラジカルが原因であるので、痛みから完全に解放されるわけでもない。痛みがあっても、それは漂白の効果が確実に作用していることの表れなので(乱暴な話だが)中断しないほうが結果としては良いと考えている。これらの知覚過敏様症状が高じて歯髄炎に移行することはない。

ただし、疼痛の発現は患者の心理を著しく不安定にするので、ホームホワイトニングに伴うこれら知覚過敏様症状については事前に十分に説明しておかねばならない。



etc.


※1)
松風・シェードアップとジーシー・Tionホームが該当する。
高い漂白効果を謳う外国製品のホワイトニング剤(単純に過酸化尿素濃度が高い)は採用していない。



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posted by ぎゅんた at 21:49| Comment(3) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月10日

手用ステンレススチールファイルを回して用いる、とは

写真 12-01-26 15 05 53.jpg

ステンレススチールファイル「あら、あなた彎曲根管でしたのねフフフ」
湾曲根管「そうでそたっけフフフ」

Q:「彎曲根管にはニッケルチタンファイルがいいって…」
A:ファイルが折れても(持っていかれても)自分で取れるならね!


.
..
...
澤田の則宏先生のマイクロエンドドンティクス2日間コースを受講し、エンドウェーブの使い方を実習で学んできたとはいえ、いまだ自分の臨床に応用は出来ていないのである。コロナルフレアー形成やグライドパスは従来通りであるが、そこから先の、根管の拡大形成も従来通り(手用ステンレススチール)なのである。実習で習った、エンドウェーブを使って根管を拡大形成していないのである。

この理由は

・ステンレススチールファイルでなんとかなっている現状、慣れない器具を積極的に使う度胸がない
・抜去歯でのエンドウェーブの練習が十分でない
・ニッケルチタンでの形成は彎曲根管で行われるものだと思っている、そして酷い彎曲根管はそれほど多くないと思っている

こんなところだろうか。
これから、解説ならぬ言い訳をしていきたい。

なお、本記事では、断りがない限り「ファイル」「ステンレススチールファイル」は、マニーの手用Kファイルを意味している思って頂きたい。ジッペラーのKファイルがコシがあってバランスがよいらしいが、少々高価である。また、マニー株式会社は日本企業なので応援したい気持ちがある。


ステンレススチールファイルを使いこなすためには。その限界は。

#10のKファイルを根尖まで回転させることなく通過させて、その後引き抜くと、根管の形がファイルに印象されてくる。そのことで我々は根管の彎曲を知ることが出来る。無論、ファイル挿入前にX線写真を読影し、彎曲の有無を予想しておくのはいうまでもない。

#10のKファイルが穿通できて、引き抜いて特にファイルに彎曲がついていない場合は、ニッケルチタンファイルで問題なく拡大形成が可能だと判断している。解剖学的に根尖までドストレート形態の根管は存在しないが、彎曲具合が殆ど無視できる範囲内の根管はあるだろうからである。このような根管でニッケルチタンファイルを用いるのは、根管拡大形成に要する時間の短縮と、規格化された根管を得て根充したいがためである。実際に、このようなケースでニッケルチタンファイルを用いると手早く満足のいくテーパーのついた根管が形成される。それでも従来通りのステンレススチールファイルは今でも用いられている(※1。我々の先輩方がこれを達成されてきたからである。ステンレススチールファイルが現代の歯内療法において有意に劣っているのでなければ、手用ステンレススチールファイルはネゴシエーションとグライドパスを除いて使用されなくなっているはずだ。そのような淘汰が生じていないのは、新しい器具と術式に多くの歯科医師が適応できていないのではなく、ステンレススチールファイルがエンドにおける基本であり不変の存在であるからに他ならない。

ニッケルチタンファイルについては、これ以上、この記事では述べない。
ここから先は、彎曲根管に対するステンレススチールファイルの扱いについて述べたい。

1.軽度の彎曲(根管が根尖端に向かって緩くカーブしているもの)
ネゴシエーションした#10Kファイルにカーブが印象されないようであれば、このような根管と思われる。実際にはカーブしているが、ファイルの弾力で元のストレート形状に戻るからである。
これは、通常通りに根管を仕上げればよい。ただしカーブの内彎は削り残しがあるものと考えて、Hファイルの全周ファイリングを意識して行う。根管の彎曲に対してステンレススチールが注意する動きはとにかく回転運動である。ファイルを上下に動かして切削している限りは、基本、根管からの逸脱化は起きないはずである。

ファイルは、正回転させることで、刃が歯質を削り込みながら根尖方向に進む動きをとる。この時に生じる切削片は、歯冠方向に向かうので、ファイルは正回転させている限りは削片を根尖へ出すことはないと考えられる。ボーリングと同じである。逆回転させると削片は根尖方向に向かうので、術後疼痛や目詰まりを惹起する可能性がある。

なので、基本的にファイルは回転させない。教科書にも1/3〜1/4以上回さない云々とあるであはないか。また、曲がっている根管でファイルを回せば、ファイルは根壁の外彎にレッジを形成することになる。ファイルを回してはいけないのである!

…のだが、実際にはファイルは回して使うものである。教科書通りに1/3〜1/4の範囲を遵守していれば日が暮れるのである。そもそも折れやすいはずのニッケルチタンが回転運動しているではないか。結局は、道具は使いようなのである。

ファイルは、漫然と回転させ続けるとか、ファイルへの機会的な抵抗が強いのに無理して回すとか、そうした「鬼門」を避けて回す分には破折はそうそう起きない。ファイルの先端部のピッチが伸びるとか彎曲根管にレッジを形成してしまうとか不都合は生じるが、とりあえずポキポキ折れるようなことはない。そもそも、ファイルを根尖に運ぶためと、根管壁に刃を食い込ませて引き抜く(ターンアンドプル・モーション)ためには回転運動が必要なのである(※2

私は根管長のリアルタイムな測定とファイルの落下防止を兼ねて、ファイルは常にRootZXのクリップ挟まれた状態で用いている。
根管内に挿入したファイルは、抵抗なく収まるところまで回転させることなく上下運動で根尖に向かわせる。号数によっては機械的な抵抗でAPEXに達しないが、その時にファイルを回転させる。APEX付近であれば、回転させてファイルを根尖へ移動する距離が短いので、回転も少なくて済む。ファイルは回転させて用いてよいが、その際は「機械的抵抗が小さく、回転も少ない」のが良いに決まっている。この使い方を守る限りは、ファイルがいきなり破折したり、ピッチが伸びて変形することはない。ただ、臨床的にはどうしても無理をかけなくてはならない状況というのはあるもので、その時に破折が起こるのである。抵抗が強いときは労を厭わず号数を下げなくてはならない。また、コロナルフレアー形成が不十分であるか、根管のテーパーが低すぎることも考える。ゲイツ#2〜4の根管口明示を再度行うか、根管にテーパーを軽くつけることを考える。このような時、私はしばしばMtwoファイルの#25で軽くテーパーをつけている(これは根管形成ではない)。別にHファイルでファイリングしてもよいが、Mtwoファイルの方が手早く綺麗に仕上がる。

コロナルフレアーと2°以上のテーパーがついた根管はファイルの操作が格段に易しくなる。それは、ファイルにとってのストレスが軽減されることである。


2.重度の彎曲(プレカーブを付与しなくてはAPEXまで到達しないような根管)
#10Kファイルがそもそも穿通出来ないような場合、狭窄が強すぎるか根尖での極端な彎曲を疑う。多くは狭窄であるので、根気強く#10Kファイルを上下運動させて穿通させる。それでもダメな場合は#08でリトライするが、彎曲も疑うことになる。プレカーブをつけないとファイルが根尖にでないのである。運の悪さを天に呪う瞬間でもある。この場合、引き抜いたファイルの尖端にご軽度のカーブを付与してリトライとなる。上下運動と回転運動でファイルを彎曲部落とし込まなくてはならない。#08-10ぐらいのファイルであればレッジを積極的につくるほどの剛性はないだろう(と信じて)から、とにかく穿通させることを優先する。穿通出来なければエンドの予後が悪くなる確率が高い(※3から、極めて緊張する状況である。私はいつまでも慣れないし、いつも胃が痛くなるのである。穿通したら、ファイルを抜かないで上下1mmファイリングで通路を確保する。この時、ファイルを根尖から1mm突き出せば、#12のファイルを通したことになり、#10右矢印1#15へのファイル径の高い増加率の影響を少なくできる。#10程度のファイルの突き出しは術後疼痛に影響を与えない(ただし細菌を突き出して感染させれば別)のでRootZXがピーピー喚こうが無視を決め込んでファイルを上下させる。彎曲をファイルで広げて道筋をつくる方が重要である。ファイルを抜けばファイルに根管の彎曲が「印象」されているはずなので、彎曲の情報を得ることができるはずだ。慎重に号数をあげ、プレカーブをつけ、再びアペックスを目指そう。緊張するシチュエーションで胃が痛くなるが、踏ん張って挑むしかない。ここでの自分の操作がその歯の命運を大きく左右するのだから。

アペックスを#15まで綺麗に確保できれば、あとはニッケルチタンを各製品の術式に従って適応し、根管形成を行う。ニッケルチタンファイルの弾力があれば彎曲追従して形成が可能だからである。そして当院にはエンドウェーブがある。

…だが、私は破折が怖くていまだ彎曲根管をエンドウェーブで仕上げられずにいる。ごまかしごまかし、手用ファイルで根管を形成している。どうしてもファイルを回さなくてはならないので、レッジ形成や根管が外彎に沿って行くことを覚悟の上で、そうしたファイルの動きをイメージしながら、手用ファイルで拡大形成しているのである。意識の根底には、少なくとも#15まで穿通してあり、新たに感染さえさせなければ、そうそう予後は悪くないだろうという思いがある。

彎曲根管をどうするかは今後の大きな課題として立ちはだかっている。
やはりニッケルチタンを用いるしかないのか?しかし頼みの綱のニッケルチタンファイルも、根管に沿っていなければ平気でその場でレッジをつくってしまうから、彎曲根管だから使えばいいというものではない。道具はどう使いこなすかが大切なのであり、新しい器材は実践前の十分なトレーニングが必要である。


まとめ
・ぎゅんたは彎曲根管が苦手です
・手用ステンレススチールKファイルで頑張っています難しいと感じています
・彎曲根管こそニッケルチタンファイルだと思いますが、実践に踏み切れる域に達しておりません



※1)
エンドの最先端(と思われる)米国では、既にニッケルチタンファイルによる根管形成が主に教育されているようである。しかし米国式エンドがグローバルなエンドとイコールであるわけではない。いまだに「歯が痛い=歯科受診=抜歯」というエンド以前の水準の国もある。そして、真面目にエンド治療を受けるには高額な治療費が必要である。保険診療でエンド治療が格安で受けられる日本国民は、その点だけをみればとても恵まれた身分なのである。治療内容の「質」が保証されていないのは不幸なことだが、それは制度-「やれば」ひとまず報酬が得られる出来高払い制-上の問題である。真面目に手を抜かず上手に治療して欲しいと歯科医師に期待をするのは患者の心理として当然だが、その期待にどこまで答えられるかは歯科医師の腕と熱意と良心次第と思われる。

※2)
とりあえず、私は以下のように考えてファイルを手にしている。

・回転させてもいいけれど、抵抗が強かったらダメ
・回転させてもいいけれど、360度回転を延々繰り返すのはダメ
・Hファイルは回転させない(ファイルを意図的に進める為にキリモミで回すことはある)
・ファイルを回転させなくていい状況なら、回転させない
・回転させるのは、根管に接触しているファイルを根尖方向へ進めるため
・プレカーブを付与したファイルを回転させることで、ファイルを本来の根管に落とすため

※3)
抜髄に関しては、根管をネゴシエーションできなくても術中に感染させなければ大丈夫な場合が多い。ミゼラブルな綿栓根充であっても、症状も病変もつくらずに経過・機能している根管は山ほどある。残存する細菌が生体の免疫力の許容内にあるか、そもそも感染がなく石灰化したのであろう。抜髄根管は、たとえ「開かなく」ても感染さえさせなければ良好な予後を期待してもよい。ただし、感染が全部性であったり無視出来ないレベルの細菌量に至っている歯髄を取り残した状態は慢性炎症に移行するであろう。重要なのは「最低限、感染はさせない」ことである。


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posted by ぎゅんた at 00:06| Comment(0) | 根治(実践的) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする