2013年05月15日
歯の痛みは… 漫画「ほたる 真夜中の歯科医」
幼馴染の柔道整復師から「歯医者さんの漫画がでてたよ」と連絡があり購入。医療漫画は数あれど、歯科を扱ったものは殆ど記憶にない(歯科衛生士視点のギャグ四コマ漫画はあった気がする)。
帯にある”日本で唯一 本格歯科医療漫画!!” というのは概ね正しいと思われる。漫画的に映えない、扱い辛いジャンルだから他に競合漫画がないのである。生死を扱うほどの重さもなく、狭い口の中で(第三者からすれば)わけのわからん細かいことをやる仕事なので無理もない…と同時に、歯科医療そのものが読者の関心を引く題材と思われていない事実が浮かび上がる。これは憂うべき事実である。歯医者の仕事を国民は理解してくれ!とまでは言わないが、汚れとバイキンまみれの他人の口の中でチマチマと細かな作業をする生業(※1)であることを、一度でもいいから想像してもらいたい気はする。
「痛いのはよくわかる でも泣いて治るんなら 大人だって泣いてわめき散らしてぇのよ」
漫画の内容の主体は人間ドラマにあり、歯科医療のテクニック云々は(今のところは)ほとんどない。医者漫画でいうなら「Dr.クマひげ」や「町医者ジャンボ!!」のような路線である。その二つに比べ作画レベルはお世辞にも高くないが、作品のクオリティが低いわけではない。一般人が読んでも歯科医料従事者が読んでも楽しめるものになっている。
一説によれば、歯の痛みは人体の痛みの中で最も強い痛みなのだそうである。(※2)
古来から手軽な拷問に、歯をペンチでハサミ潰す手法が用いられてきた。想像を絶する痛みと、大切な歯を失う絶望感が不幸な犠牲者を襲うのだ。
歯髄炎や急化per等で強い痛みを訴える患者は精神的におかしくなっているのが常で、治療による除痛で一転して気性が穏やかになることを歯科医はしばしば経験する。患者が訴える痛みの程は想像することしかできない。結局は他人事だからである。だから、パッパと治療すれば除痛の結果が出るんださぁ口を開けろ!
この漫画には、歯科医療のテクニック云々はほとんどない。最新の器具も技術も登場しない。内容の主体は人間ドラマなのである。そして、そのドラマの主体が「歯の痛み」にあるのである。主人公はまあ天真爛漫というか天衣無縫というか、漫画という媒体上の味付けがなされた、現実世界にはいない面白いキャラの歯科医です(故・谷口清先生をモチーフにしたのだろうか?)。患者の心の痛みに対しては鋭く、怖い顔で優しくクサイ台詞を吐く憎めないキャラ。
治療の技術を磨くこと、技術の引き出しを増やすこと、上手なコミュニケーションがとれること…これらは歯科医にとても大切なことだが、もうひとつ。
歯の痛みに高いレベルで共感できるスキルをもつことも忘れてはならない。私には不足している…努力で身につくものなのだろうか。
見所
根治にラバーダムを使用する主人公がステキ
短期被保険者証(短期証)って初耳だった…不勉強すぎる自分がキライ
「歯の痛みは暮らしの痛み」って言葉が素晴らしいです。誰のお言葉なんだろう…?
※1)
ここで私はふと母校の麻酔科の教授が、バイト先の歯科医院で東大生の治療にあたり「なぜ俺が東大生の汚い口の中を治療して、プラークと唾液が混じった水を顔に浴びなくてはならんのか」とふと思い、臨床を捨て歯科麻酔の世界に身を投じたとの身の上話を始めた学生時代の講義中の一コマを思い出すのである。
※2)
三叉神経痛、群発頭痛、尿路結石、クモ膜下出血、ぎっくり腰、通風 あたりも相当に激しい痛みである。死神か魔女の呪いだといわれても信じてしまえるほどの…
2013年05月10日
アジアに出て歯医者さん!?
ひょんなことで知り合った年下の青年実業家、彼は仕事で年の半分を海外で過ごす。サラリーマンではないので、目的を決めた国々を自由気ままに周り、商品を仕入れたり契約する模様。他分野過ぎて私自身が彼の仕事の内容を理解できないので酷い説明になってしまう。海外をあちこち転々とする生活というのは馴染みがなさ過ぎて想像つかない。
そんな彼と飲みに行く機会があって、色々と面白い話が聞けた。
歯科に関する話もあった。
・インドの歯医者に行ったら、妙な水でうがいをするよう指示された。その水はしびれ薬で、それが「麻酔」だった。
・東南アジアの歯科治療は、殆ど抜歯。歯科医師というより歯抜き士である。勿論、そうでない歯科治療の提供もあるが、それは大病院や大学病院に限られ、治療費も高い。大多数の国民にとって、歯科治療とは、抜歯という認識。
・シンガポールあたりは先進的なイメージだが、歯科医院の数は意外や少ない。あっても、治療費が高すぎる。隣国のマレーシアに歯科治療出かける人が多い。
などなど。
世界には、いまだ「歯が痛くなった抜く、それが歯科治療である」地域があるのである。
むしろそうした地域の方が多いようだ。
ぎゅんたさんは、日本の保険歯科治療がグローバル的に劣っている(古いままである)と考えているようですが、そんなことは決してないと思います。英国にしたって歯科治療の質は低いですし。日本国民は、最大三割負担といえども相当に安い治療費で歯科治療を受けられる身分にいるんですよ。
とも。日本を知るには海外にでるべし、か。話を聞きながら、昔、歯科治療が高額で受けられずペンチで自分の歯を抜く英国民の存在がニュースになっていたのを思い出した。おそらく、今もそうだろう。他方、アメリカではOTCに、自分で虫歯治療をするキット(自分で軟象を除去してCR充する)があるともきく。DIYの精神は口腔の分野にまできたというのか?「世界は広い」のである。
⇒英国で増えている究極の治療法?「自分で歯を抜く」
ひとまず日本の歯科治療は、我々日本の歯科医師が思うほどお粗末でもミゼラブルなものでないらしい。保険診療は官僚が真面目に作った世界に誇るべき日本の医療制度であること間違いあるまい。なにしろ世界的にみて相当に安い治療費で一定水準の歯科治療が受けられるのだから。ただ、制度上の理由で旧態依然の治療方法がいまだに採用されていてフレキシブルさに欠けていることは否定できない。歯科医学の最前線にあろう治療を受けるなら自費診療にならざるを得まい。
治療の腕
日本の歯科医師が特別に劣るということはなく、むしろ器用で上手なほうではないかとのことである。国内に真面目に生きる歯科医師にとっては、外国の歯科治療は自費で先進的でテクニカルで見栄えのよい素晴らしいものにみえる先生が多いと思われるが、案外に外国の歯科治療も、優れたレベルにあるのは一握りであり、国内トップレベルの先生方の治療はなんら遜色がなかったりすることは知っていて損はないと思われる。日本の歯科治療が国際的に地位が低いのは単純にプレゼンが弱いからだろう。自分の診療を外に向け発表することよりも、日々の診療を誠実にこなすことを優先する先生方が圧倒的に多数なのである。だが、いかに優れた事象があっても、世に知られなければ存在しないことと同じである。だからといって、私が世界に向けて情報発信できるほど優れた何かを持っているわけではない。エンドの世界で名を知られるドクターになりたいと思ってはいるが、ハングリー精神が圧倒的に欠乏していることを自覚している以外に、目立った思いはない。自分は「やればできる子」ではないが「やらなければ何もできない子」であるとは思っている。
話が逸れてしまった。
彼は、開業するなら東南アジアが狙い目ですよとも言った。
単純に人口あたりの歯科医師数が少なすぎるのもあるし、歯科治療=抜歯という社会で日本人歯科医師として働くのはとてもやりがいのある国際貢献であること、そして将来的に人口増加して国が多いことが理由だという。確かに、日本国内にとどまっていても、当面の未来は人口が減って行く流れは決定済であるし、虫歯治療で抜歯をするのが下手すれば常識になっている国で自分の腕を振るえるのは、己の体力が許す限りほぼ無限に貢献できうる環境であろう。実際に海外にでて開業する日本人歯科医師の話も聞く。だが、東南アジアや中近東、アフリカで開業したという話はほとんど聞いたことがない。たいてい、アメリカやカナダだったりするものだ。また、アメリカ人やヨーロッパの歯科医師が東南アジアや中近東、アフリカで開業した話も聞いたことがない。これは単純に、診療報酬の問題であろう。腕自慢で国外に飛び出す逸材が、自分のスキルを安売りするわけがないのである。同時に、高名な外国の歯科医師が日本で開業した話も聞いたことがない。歯科治療はホケンで安く、の日本で戦うには外国人歯科医師はハードルが高すぎるのであろう。やるからには儲けられるところでやるものだ。ボランティアでいい仕事は出来ない。当然の話である。それか、国民の人間性に問題があり、歯科医師が腰をおろさないか…
(日本の無医村についての意見⇒無医村地区問題と医療費についての歴史・・ある医師のマスコミウオッチより・・離島を除いて無医地区の問題は本質的には交通問題・・)
東南アジアとひとくくりにしても広すぎる。稼ぐならシンガポールが富裕層が多くてオススメだとか。次にインドネシアだという。なぜインドネシアなのか、理由は聞きそびれたが、おそらく人口が多く、富裕層も相対的に多いからだろう。現地にコネかなにかあるのかもしれないし、単にインドネシア好きなのかもしれない。
とりあえず日本人というブランドは火力が高いので、元々少ない歯科医師事情をさておいても患者さんがこないことは考えられないし、そもそも患者さんが多すぎるという。
最近、ミャンマー出身の患者さんを診る機会があった。そんなに悪い口腔内ではなく、上顎智歯の抜歯と簡単なC処数本で終わる程度のものであった。上記のことがあったので、ミャンマーの歯科事情について訊いてみた。ミャンマーをでて十年立っているので必ずしも正確な情報ではないと思うが、との言葉のあと、
・歯科医師はミャンマー都市部にはいる、自分の出身地はど田舎で、歯科医師は殆どいなかった。
・国民の多くにとっては治療費は高額
・虫歯で痛い歯は抜歯するのが治療(抜歯後は放置)
・自分は裕福な出で、大きな病院(大学病院?)でしっかりした治療を受けた(日本でいう保険診療と同等の治療)。
・海外からの派遣医師がよく歯科治療にきていた。通訳付き。
・働くのなら、ビルマ語が話せたほうが良い(英語を話せる人もいるが)。
このようなコメントをくれた。
歯科治療を通じて一人でも多くの患者さんに貢献したい人はパラダイスである。とはいえ、忙しく働いた結果として得られる報酬が乏しいことは覚悟のうえで臨まねばならない。ボランティアに等しいかもしれない(※注)。
せめて材料費や生活費は稼げるうえで開業したいのなら、富裕層の多いエリア(都心部)を選択せざるをえないだろう。
※注)
よくある勘違いに、このような第三世界の人たちは純朴で心が優しいと見做すことが挙げられる。これは「田舎者は正直で善良」「清く貧しく」といったステレオタイプ的印象と同類のものであるが、現実的にはまったくあてはまらない。
田舎者は他人に厳しく陰気で子供っぽく、貧乏人は心が卑しいのが普通である。逆に都会人が他人に異常に冷たかったり利己的であったりもしない。「良い人もいば悪い人もいて、ひとそれぞれ」という話にすぎない。「清貧」という言葉の通り、貧しいながらも清く正しい心を持つ者を社会は模範的で道徳的な人間とみなしてきた。実際には、貧乏はあらゆる余裕を奪い去り心を貧しくする力に溢れたものだ。清貧というのは、いってみれば社会から外れた者でもあるのだ。情操教育や道徳の教科書には扱えない話だが。
これは日本国内に限った話ではない。だから、もし第三世界に身を置くとして、目の輝いた純朴な人たちが多い夢想をしてはいけないのである。「散々な目に遭うが私は耐える」ぐらいのタフな意気込みは必須求だろう。ボランティアに出かけて行って「現実を知って」帰ってくる人がいるが、それも同じ話なのである。少なくとも、コンプライアンスの悪い患者さんに感情的になりがちな人には向かないだろう。精神的に耐えられなくなるのがオチである。
ところで、第三世界には暗殺生業とするものがおり、ターゲットの殺害は500円か請け負うというバーゲンプライスっぷりである。ただし使用した弾代は別。畢竟、死体には大量の鉛弾が撃ち込まれるわけである。またおそろしからずや。
まとめ
海外に出ると日本が大好きになるというのもなんだか頷ける話である。
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書き始めてから投稿するのに一ヶ月もかかってしまった…