臨床現場に立って数年も経つと、最初は歯髄の保存をなかばヤケクソのように優先していた姿勢に変化が生じ、「ダメ(保存できない)なモンはダメ」と判断できるようになってきた。これは、労力と時間を惜しまず保存せんと処置した歯牙が後日不快痛を持って再来し、結局、抜髄処置となる体験を数度も繰り返せば嫌でも学ぶ。と同時に、抜髄処置に対する苦手意識や不安感が減少してくるのもある。私の場合は、後者の要素の方が強かったと思う。抜髄処置は難しく、やり遂げられる自信がなかった。特に大臼歯の抜髄など、気が狂わんばかりの難易度に思えて絶対にやりたくなかったものである。それも、苦手なのは天蓋除去と根管口明示であることをまず自覚して、安定して天蓋除去と根管口明示ができるよう抜去歯牙試行錯誤した。今では大臼歯の抜髄症例が突如舞い込んでも、特に臆することはなくなった。今にして思うと、大変な進歩である。開口量の小さな患者さんの下顎7、8の抜髄は嫌だけれども…
大切なのは、歯髄を残せないなら、もうそれはしょうがないし抜髄するしかないのだからキッチリ抜髄処置が出来ることである。
歯髄を保存できそうな場合は、患者さんにくどいほど説明して、踏み切るべきである。ただし注意したいのは、「説明したのだからもし歯髄炎になって痛みがでても納得するだろう」と甘えの気持ちは持たないことである。なぜなら、痛みがでた場合、人は性格が変わるからである。少なからず攻撃的になるのである。説明がなされていれば大きなトラブルになることはまずないが、患者によっては煩く言ってくる場合があるのである。この辺は患者の性格を読み取って「先生にお任せ気質」だったり「とりあえず簡素に早手早い処置を希望気質」の場合は、ダメなもんはダメだからと抜髄しても良いだろうと思う。教科書的な対応はできないのである。
さて本題に入りたいところであるが、それは間接覆髄についてである。
覆髄…と聞くと、我々は水酸化カルシウム製剤(ダイカル、ライフ等)とGICと脊髄反射的に考えつくのであるが、実際にこの組み合わせは効果があるのだろうか?
あるのだろうが、コストが高くつくし、手間がかかる。また、水酸化カルシウム製剤は第三象牙質の誘導がイマイチとも聞くし、硬化した製剤がそのままなら接着阻害因子となる。それよりは、多少軟象が残っていても、確実に接着でシールさせてしまえばよいとするモディファイド・シールドレストレーションの方が良いとする考えもある。
覆髄という行為に求めることは、
・歯髄炎を起こさない
・可逆性の歯髄炎を消炎させ、正常歯髄に戻す
・軟化象牙質硬化させる
・第三象牙質を誘導する
・操作性が良い(手間・コスト要らずであること)
・アレルギーを惹起しない
・接着性があり、封鎖性が期待できる
・経過観察後、そのままKPに移行できる物性がある
こんなところだろうか。
覆髄に関しては、先生ごとにお考えがあり、様々な手法をとっているとおもわれるが、「覆髄ときたらコレ!」という"パターン"があると思われる。
ぎゅんたにも、覆髄のパターンはある。
ひとつは、露髄しそうなところにカルシペックスを点状に置き、その上にキャビオスを敷いて硬化させ、通常のCR充填をするもの。もうひとつは松風のテンポラリーセメントソフトを裏装材(ベースも兼ねる)として充填するものである。これはテンポラリーセメントソフト自体が覆材として利用できるからである。
テンポラリーセメントソフトといえばTEKの短期仮着セメントの印象が強い先生も多いだろうが、実は構成成分中のタンニンに殺菌作用と再石灰化促進作用があることが認められている。つまり、生活歯の軟化象牙質の上に乗せておくと、殺菌がなされ、軟化象牙質が硬化するのである。ただし、テンポラリーセメントハードではこの殺菌成分は認められない。昔の論文を参照すると、その考察に「ソフトの方はタンニンの成分が多いことに加えて、仮着用という崩壊性の高さが、タンニンの溶出をもたらしているからではないか」とあった。
大学にいた時、片手間に、う窩より抽出される代表的な菌株を塗抹した血液寒天培地に、テンポラリーセメントソフトで作ったディスクを乗せて培養すると、明瞭な阻止円が観察できた。科学的に厳密になる実験をしたわけではないが、テンポラリソフトには硬化後にあっても明らかに、なんらかの殺菌作用があるものと思われた。
テンポラリセメントソフトには、3Mix-MPのような軟化象牙質に浸透して殺菌する効果はないだろうが、露髄を防ぐために残した一層の軟化象牙質程度ならば、菌の現象と硬化、第三象牙質の誘導を狙うことができるのではないか。つまり、IPCに向いている材料だと思っている。実際に数々の症例で使用してきたが、満足の行く手応えを得ている。強度的に弱い点が心配だが、乳歯程度ならばそのままKPインレーに移行できる。永久歯の場合は、リエントリーしてベースセメントに置換するか、CRで裏装する(レジンコーティング)と安全だろう。
このような作用と、硬化後に十分な強度を併せ持つセメントは、米国にて古典的なセメントであるがDoc's best cement(ドックスベストセメント)が挙げられるであろう。しかしドックスベストは保険診療に用いることはできないし輸入扱いである。なので、テンポラリソフトを上手に使いこなすのが現実的である。硬化後の強度に不満はあるものの、覆髄材としての効果は確かなものである。
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