いち歯科医として、痛くない浸麻ができれば、かなりのアドバンテージであることはまちがいない。
特に昔の浸麻は針の口径が太かったり、骨にぶっさしていた(骨内麻酔)ようでありますから、特にご年配の方は
歯科治療=麻酔=とにかく痛い
という認識がかなりあるようです。
歯医者は「とりあえず痛いものである」と、なかば洗脳されているかのような認識でありますから、ただ口腔内を視診するだけでも、常に額に眉間皺を作っている有様であります。
このような方は、歯科治療に伴う痛みに関しては達観しておりますから、浸麻のときに痛くても「まあそんなもんだな」と結局、素直に納得いたします。ですので、多少痛かろうが、そりゃ嫌でしょうが怒ったり「あそこの歯医者は痛いから」と中断することもないのであります。
しかしその認識に胡坐をかいて痛い浸麻をしていても面白くはないわけで、やはり他人様の人体に針を指すからには創意工夫を持って可及的に痛くない浸麻をしたいものです。
全ての患者さんに痛くない浸麻を行えるようになることもまた、歯科医が常に探求すべき道のひとつではないでしょうか。
痛くない浸麻を提供するために我々が工夫することに、どのようなことがあるでしょうか。
私自身が知りうることに限ってしまいますが、以下に列挙させて下さい。
1.体温と同程度の温度にする(使用直前にカートリッジウォーマー等で麻酔液を体温程度の温度にする)
2.刺入前に、歯肉に表面麻酔を使用する
3.なるべく細い針を使用する(33G等)
4.患者をリラックスさせる(精神的緊張があるときは痛みを感じやすい)
5.薬液の注入速度はゆっくり
おおよそ、教科書的に言及されているのは、以上の点ではないでしょうか。
しかし、この通りにしても痛みは感じるだろうと思われる先生が大半だと思います。
それにどうにも曖昧です。
表面麻酔にしても、母校の歯科麻酔学講座は、刺入前の表面麻酔に効果はないと断言していました。
私自身は、表面麻酔の効果はあると思っておりますし、局所麻酔液の温度を体温と同程度に暖めた場合とそうでない場合で、疼痛の有無や軽減に有意差があるとは思っていません。
実際、臨床的にどうするか?
上のことを踏まえて、さらに実戦的にどのように行うかを述べます。
あくまで、ぎゅんた個人が行っている方法ですので、エビデンスもなにもシラネーヨ的手法であることにご注意ください。もちろん、欠点もあります。
なお、電動注射器は使用しておりません。ワンド、バイブラジェクトなどがあればより無痛的な浸麻ができるのではないかと思います(手元に無いので試せませんが)。針のゲージは30G(内径0.3mm)です。
1.浸麻する場所は、まず齦頬移行部に設定する
2.設定した部分と周囲(次に刺入するであろう部位)の粘膜をオキシドール綿球で拭います
3.その部位をエアでキンキンに乾燥させます
4.表面麻酔を最初の刺入部位である齦頬移行部に置きます
5.置いた表面麻酔の上から綿球を置いて1分以上、圧迫し続けます
6.綿球を左手の指で粘膜を緊張させるように押しよけます
7.最初の刺入部位である齦頬移行部は、綿球を指で押していることで緊張されていることを確認
8.ベベルの向きを確認した針先を、なるべく齦頬移行部に平行になるような向きでスッと刺入させます
9.薬液をごく少量、注入します
10.カエルの腹様に膨れるのが確認できるでしょうが、ここで薬液の注入は少しお預け、一呼吸待ちます
11.ゆっくり、薬液を注入していきます。粘膜はカエルの腹様に膨れていくでしょう
12.ここでいったん終了して、うがいタイムです
13.重力を利用して浸麻の液を少しでも移動させます。次の刺入部位あたりまで広がってくれるのを期待するわけです
14.1分半以上待ったのち、次の刺入と麻酔液の最終注入を行います。付着歯肉、歯間乳頭部になるはずです
書き出してみると思いの外、項目が多くなってしまいました。
分かりにくいとおもいますので、各項目のポイントや理由を解説させて下さい。
1.浸麻する場所は、まず齦頬移行部に設定する
⇒痛点が多い(二点弁別閾が大きい)といわれるが気にしない。痛点が少ないという歯間乳頭部の方が、経験上、痛がられることが多い。まず、痛くない齦頬移行部に浸麻液を注入して本命を刺入するときに痛くないようにしたい。
2.設定した部分と周囲(次に刺入するであろう部位)の粘膜をオキシドール綿球で拭います
⇒刺入点の細菌感染による潰瘍は想像以上に発生する。抜髄したらフィステルができた、そのフィステルは浸麻による潰瘍だったというのは笑えないジョーク(直ぐに治癒して消えるのであまり心配はいらないが、患者さんに気づかれると信頼感を損なうおそれが高い)。
3.その部位をエアでキンキンに乾燥させます
⇒表面麻酔は粘膜が濡れていると流れてしまって効力が落ちる。
4.表面麻酔を最初の刺入部位である齦頬移行部に置きます
⇒1.の解説の通り
5.置いた表面麻酔の上から綿球を置いて1分以上、圧迫し続けます
⇒圧迫しないで放置でもかまわないが、患者さんによっては舌でいじったり、目を話した隙にうがいをする可能性があるので。1分以上抑えておくのは、思いの外時間がかかることも忘れずに。
6.綿球を左手の指で粘膜を緊張させるように押しよけます
7.最初の刺入部位である齦頬移行部は、綿球を指で押していることで緊張されていることを確認
⇒刺入させる齦頬移行部粘膜は緊張させておく方が、刺入時の痛みを感じにくい。表面麻酔を併用しているのでなおさらである。
8.ベベルの向きを確認した針先を、なるべく齦頬移行部に平行になるような向きでスッと刺入させます
ベベルは、骨面に対して傾いていない方向である。針の基部のプランも部分にマークが見えるはずだ。それが見えている状態である。針の鋭利な部分が粘膜を下から救うように刺す様な方向でよいのである。
9.薬液をごく少量、注入します
10.カエルの腹様に膨れるのが確認できるでしょうが、ここで薬液の注入は少しお預け、一呼吸待ちます
11.ゆっくり、薬液を注入していきます。粘膜はカエルの腹様に膨れていくでしょう
⇒針の刺入よりは、注入された麻酔液の広がりによる局所の内部圧力の急な亢進の方が痛みを惹起しているようである。ごく少量の麻酔薬を粘膜下に注入したら、その分だけでも麻酔効果を発揮してもらうのを待ち、それからさらに注入していくのがよいのではないか。無論、注入速度は緩慢に行う。
12.ここでいったん終了して、うがいタイムです
⇒薬液が漏れて苦いおもいをしているであろうことと、思いの外ここまで時間がかかっているので、いったん休憩の意味があります。
13.重力を利用して浸麻の液を少しでも移動させます。次の刺入部位あたりまで広がってくれるのを期待するわけです
14.1分半以上待ったのち、次の刺入と麻酔液の最終注入を行います。付着歯肉、歯間乳頭部になるはずです
⇒例えば、上顎の左側臼歯部のケース。齦頬移行部に最初の浸麻をして、うがいをしてもらったとする。この時点で、患者の頭部は床に対してほぼ垂直である。とすると、齦頬移行部に注入した薬液は、重力に従って歯冠側側に移動するだろう。また、口蓋側にも浸麻の作用は効かせたい(口蓋側への浸麻は、付着歯肉が薄いこともあって痛いのでできればしたくない、少なくしたい)ので、更に患者の顔を右に傾けてもらうとよいだろう。勤務先では、患者さんの右側にTVがあるので「テレビを見ててくださいね」の一言で完了する。逆に上顎右側臼歯部に浸麻をするときは「テレビを見ててください」作戦は使えない。
下顎の場合は、患者が許せば水平位で顔を傾けてもらい、浸麻を重力を利用して舌側に流すようにすることもある。が、座位で顔を傾けてもらってもある程度効果は期待できる。また、下顎の臼歯部の抜髄は伝達麻酔を使うことが多いので、浸麻を併用する場合はそこまでこだわらなくて済む。
いかがでしょうか。参考になる点があれば嬉しいのですが。
この方法の欠点は、普通にバスっとやるよりも時間がかかってしまうことですね。
歯間乳頭部に表面麻酔、圧迫、刺入の方法のほうが簡便で早いです。痛がられますけど…
「浸麻(麻酔)は効けばいいんだよ」という向きには適した方法とはいえません。
ただ、うまくいくと「思ったほど痛くなかったです」と喜ばれますし、心なしか治療に対して前向きで協力的になってくれる気がしております。
表面麻酔は、ゼリー状のものを用いています。普通のエステル型です。
テープ状の「ペンレス(リドカインテープ)」を用いることができればより好いと思います。ただしその場合、コストは高くつくでしょう。
おわりに
抜髄時には浸麻が必須ですから、ちょいと根治に関係ないかもですが、今回は浸麻について個人的な意見を述べました。世の先生の数だけ、浸麻時のちょっとした工夫があると思います。
こんな方法もあるよ、という意見があれば是非、ご教示ください。
勿論、テメーの方法じゃ話にならんぜ…ホラ、こうしな!的ご意見などもお待ちしております。